マイナス金利の限界
中央銀行の金融政策の基本は短期金利の誘導となる。非常に短期で資金の貸し借りを行う短期金融市場は銀行間取引が大きな割合を占めるが、それは主に中央銀行の当座預金等を使って行われる。その資金の過不足は中央銀行がオペレーションと呼ばれる金融調節で調整される。オペレーションの際に必要額以上の資金を市場に流出すると(正確には貸す資金だが)短期金利は低下する。短期金融市場では日銀の働きが非常に重視され、その動向によって金利が上げ下げする。短期の金利を日銀が操作できるのはこのためであり、通常の金融政策はこの短期の金利を目標にする。
これに対して比較的期間の長い金利は主に債券市場における国債主体の取引にて動く日銀の金融政策やそれによる金融調節の影響も受けるが、長期金利となっている10年物の国債などは、国内の物価や経済の動向、海外の経済情勢やそれにも影響される海外の長期金利の動向、為替や株の動向等、いわゆる市場を動かす要因によって動いている。10年国債が買われると長期金利は下がり、10国債が売られると長期金利は上がる。長期金利は日銀の金融調節ではなく市場によって決定される。
中央銀行の政策金利がほぼゼロとなってしまったときにどうするのか。日銀は2001年に量的緩和策として当座預金残高をターゲットにして金利から量に政策目標を変えた。その後、ゼロ金利政策と量的緩和政策はいったん解除されたが、今度は目標を当座預金残高からマネタリーベースに代えて量的・質的緩和策を導入した。イングランド銀行は一定の国債買入額を目標にした。FRBは結果として国債とMBSの毎月の購入額を目標とした。ECBも結果として国債の買い入れ額を目標とした。ただし、ECBは政策金利の下限をマイナスとした。デンマーク中銀は政策金利をマイナスにし、スイス中銀も結果としてマイナス金利政策となった。スウェーデン中央銀行も国債買入とともに政策金利をマイナスとしている。
このマイナス金利ではあるが、それには当然ながら限界がある。デンマークやECBの下限金利のマイナス金利政策でも、あくまで民間の銀行が中央銀行の預金に預け入れる際の金利がマイナスとなっているだけである。民間金融機関でも一部大口預金者に手数料というかたちでマイナス預金を実施しようとしたところもあったが、民間での預貯金金利でマイナスが生じているわけではない。
ただし、足元金利がゼロもしくはマイナスとなるなか、短期の国債などへの需要が高まると状況に応じてはマイナス金利でも購入せざるを得ない場面もある。さらなるマイナス金利で資金が手当てできれば、多少のマイナス金利でも運用できるところも出てくる。このため市場でマイナス金利が発生することも生じている。
しかし、民間銀行の個人の預貯金金利や住宅ローン金利、さらには企業への貸し出し金利等がマイナスとなることには無理がある。国債の発行においても利率がマイナスとなることは想定されていない。ただし、市場でのマイナス金利の発生により、単価が上がり、利率ではなく利回りがマイナスとなる事態は発生している。
政策金利をマイナスにすることにより、通貨安や長期金利の低下を促せる。それにより景気や物価を刺激することが目的ではあるが、マイナス金利政策にしたことで、景気や物価が上向くというものでもない。だからこそいまだに非伝統的手段から脱せない状況が続いている。これもマイナス金利の限界というか金融政策そのものに限界があるということを示しているのではなかろうか。