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ECBは日本型デフレではなくアベノミクスを意識か

久保田博幸金融アナリスト

ポール・クルーグマンによるECBフォーラムでの発言が話題になっている。クルーグマンは米国の経済学者で、2008年にノーベル経済学賞を受賞している。新聞へのコラムも注目されており、コラムニストとしても有名である。

過去の日本政府や日銀に対する批判でも知られ、デフレ脱却には、紙幣を大量に刷ることにより需要を喚起し、インフレ期待を作成することが唯一の方法としていた。それを実行に移したかにみえるアベノミクスに対しては、日本を復活させると賛意を示していた。

アベノミクスの発想の原点にもいた人物ともいえるが、そのクルーグマンが欧州などに対して日本型のデフレに陥る懸念を言明している。ECBフォーラムでクルーグマンは、ユーロ圏が気がつかぬうちに日本型のデフレに陥る恐れがあると言明し、「ユーロ圏にも米国にも、極めて危険な下振れ圧力は存在していない」としつつも、「日本にもそのような下方ダイナミクスはなかったが、日本は持続的なデフレ問題に直面している」と指摘した(ロイターの記事より一部引用)。

さらにグルーグマンはECBや他の中銀は、1990年代以来据え置いているインフレ率目標の水準を引き上げる必要があるとの考えを示した(ブルームバーグ)。このあたりのグルーグマンの主張は特に目新しいものではないものの、6月5日のECB政策理事会を控えているだけに注目されたようである。

ユーロが日本型デフレに陥るかどうか。ノーベル賞を受賞した経済学者に楯突くわけではないが、そもそも日本型デフレとは何かという問題が存在する。それ以前にデフレという言葉が曖昧であり、結果としての物価の現象であるのか、(中央銀行の政策ミスなどで)物価が下げたために経済を悪化させたのか。物価はすべて中央銀行の金融政策で決められるものなのか。そのあたりへの疑問もあるのだが、とにかくECBも物価の低迷を強く意識しており、為替に働きかけて物価上昇を促そうとしていることは間違いなさそうである。

その手段としては、引き下げ余地が限られるなかにあっての小幅利下げと、それに伴う下限金利のマイナス化などが想定される。LTROの再開などの可能性はあるが、量的緩和を含む非常時の対応を、すでに非常時から脱しつつあるユーロ圏で行う必要があるのかという問題も残る。利下げと量的緩和は相容れない部分もあり、利下げ後の量的緩和という手段も取りづらい。そうなると伝統的な手段の範囲内でとなるが市場に向けたアナウンスメント効果を意識しての手段はなかなか難しい。

ECBの中途半端な追加策では、クルーグマンだけでなく市場からの失望が出る可能性もあり、決定後の市場の反動も恐い。日銀のように思い切った国債買入という量的緩和策も可能性としては残るが、日本国債や米国債のように膨大な発行量があるわけでもなく、欧州の債券市場の機能に影響を与える可能性がある。すでにイタリアやスペインの長期金利が過去最低を記録したように、欧州危機で極端に売られていた国債が極端なところまで買われており、欧州の国債市場が今後不安定化する恐れもある。

世界的な危機を収めるために、日米欧の中央銀行の大胆な緩和策が一定の成果を挙げたことは確かである。あくまで時間を稼ぐものではあったとしても、市場の動揺を押さえ込むことに成功した。日本のアベノミクスはそのタイミングで出たものであり、急激な円高調整が結果として起こり、デフレ解消に向けて一役買った。しかし、これでグルーグマンの過去の主張は正しかったのかどうかの判断は時期尚早である。

ECBは日本型のデフレを恐れているというより、アベノミクス型の為替調整を意識しているように思われる。しかし、日本のアベノミクスはあくまでタイミングが良かったことを認識すべきであり、ECBの追加緩和は内容はどうあれ、効果が発揮できるかどうかは極めて不透明と思われる。さらにその副作用も考慮する必要が出てきた。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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