ありのままの長期金利は姿を見せるのか
長期金利を決定する要因にはいくつかあり、買い手と売り手のそれぞれの理由が存在するが、需給のバランスが取れている限り大きな変動は抑えられる。つまり大量に物が出ても、それを安心して買う人がいれば価格は保たれる。日本国債で言えば年間180兆円もの国債が発行されているが、それを安心して買っている投資家が存在する。
国債暴落説が出てきたのは1998年あたりであった。小渕政権下での何でもありの政策で国債の発行額が急増し、格付け会社のムーディーズは1998年11月に日本国債の格付けを最上位から引き下げた。そして12月には国債市場が急落するという運用部ショックが起きている。
この運用部ショックについては国債の需給面への警戒が主因ではあったが、この年の9月に10年国債の利回り(長期金利)が1%を大きく割り込んでいた反動という側面もあった。大蔵省資金運用部の国債購入額が減少してもそれをカバーできるだけの資金が国内に存在していたことで、あとからみると需給面ではそれほどバランスが崩れることは考えづらかったが、市場の動揺が収まったのは1999年の日銀のゼロ金利政策による。このときのゼロ金利政策の目的はデフレ対策などではなく長期金利対策であった。
その長期金利は1999年あたりから2%以下の水準で推移することになる。そこから約15年もの間、長期金利の低位安定は続いている。その間の国債の需給バランスが崩れなかったのは、途中までは年金資金などの増加、生保などの購入増などがあった。年金・生保の買いが鈍り、ゆうちょの購入額が減っても、貸出の低下と預金増により銀行が大口購入者となり、それから今度は企業の余剰資金がカバーするなどしたことで、買い手の存在という意味においての国債の需給バランスが崩れることはなかった。むろん相場でもあるので、2003年6月のVARショックのような相場の調整は入るが、それは一時的なものとなった。
その後、サププライムローン問題からリーマン・ショックが発生し、それが収まったと思うまもなく、ギリシャを中心に欧州の信用不安が生じ、百年に一度と言われるような危機が立ち続けに発生した。これによるリスク回避の動きもあり、米国や英国、ドイツの国債などとともに日本国債は買われ、円高となった。
その動きも2012年あたりで落ち着きを取り戻した。2012年11月のアベノミクスをきっかけに円高調整が起きたが、そもそも国内資金で多くをカバーされていた日本国債の需給は崩れるどころか、日銀の大量買入により非常にタイトとなり、ここにきて長期金利は0.6%近辺の膠着状態が続いている。
日銀は5月21日の金融政策決定会合後に発表した公表文で、15年近く続いたデフレ、との表現を削除した。これはデフレ脱却宣言ではないというが、日銀が目標とする物価上昇、つまりデフレ脱却が順調に行っていることを示すものではなかったろうか。同じく15年もの間、日本の長期金利も超低位安定が続いている。日銀が「15年近く続いたデフレ」という文字を削除したということは、見方によっては「15年近く続いた超低位の長期金利」も変化の時が近づいたということを意味している。
日銀の国債買入により買い手の存在という意味での国債の需給バランスが崩れることはなさそうであるが、国債市場を形成しているのは日銀だけでは当然ない。物価はすでに1.3%近辺に上昇してきている。2013年度の成長率は実質でプラス2.3%、名目でプラス1.9%となっている。本来は名目成長率が上がると長期金利も上昇する傾向とされる。潜在成長率も低い上、市場参加者による期待インフレ率が低いことなども影響しているのかもしれないが、現在の0.6%という位置は「ありのままの」長期金利なのか。
これまで投資家はデフレ脱却が見えないなかで安心して国債を買っていた面があり、それが国債の相場そのものを支えていた。しかし、今後については次第に警戒心を抱くようになってきたように思われる。いくら日銀という大口買い手が存在しても、市場に価格下落に対する不安が募り、それが何かのきっかけで広がることも予想される。それにより債券市場で需給バランスが崩れる可能性はありうる。
いずれ長期金利は、ありのままの姿を見せる時がくるのか。凍り付いた債券市場が動きだすことがあるのか。日銀の異次元緩和の効果かどうかはさておき、デフレ脱却がもしあるとするのであれば、15年もの間、閉じ込められていた長期金利が動き出す可能性は十分にある。