イエレン流の期待の操作
3月31日にFRBのイエレン議長はシカゴで、雇用市場を活性化させるためにFRBは何ができるかについての講演を行った。失業の社会的コストや理由の研究といった労働経済学が専門のイエレン議長だけに、自らの専門分野に焦点をあててFRBの金融政策の在り方を説明したものと思われる。
今回の講演では「金融当局者としては珍しく」(日経新聞電子版)、厳しい雇用環境に直面する人々の実例も挙げて、わかりやすい説明を心がけていたようである。失業率は改善してきてはいるが、賃金の伸びの鈍さや労働参加率の低下などをあげて雇用環境は厳しい状況にあることを示している。
その雇用環境を示す用語として「slack」という言葉を使い、その説明もしていた。「slack」は緩み、たるみ、だぶつきといった意味があるが、労働環境で言えば、良い生活をしたくとも適切な仕事に就ける十分な機会は与えられず、雇用における需給のバランスが崩れており、経済環境で言えばやはり需給バランスがまだ取れてはいない状況を示すものと思われる。
理想的な完全雇用というものが存在するのか、それはどのような状況を示すのは定かではない。しかし、イエレン議長は雇用に関する実例を挙げて、まだまだ改善の余地があり、物価の安定とともに雇用の安定という2つの目的を果たすため、「異例の金融支援を実行することにしており、この約束は強力なものだ」とコメントしていた。
今回の講演はイエレン氏の専門分野となる雇用に焦点があてられたものであり、そこにFRBの金融政策を関連づけている。雇用の改善にはFRBの金融支援が必要としているが、それは異例な非伝統的金融政策まで必要とされるかについては、はっきりとはコメントはしていない。現実にはFRBはテーパリングを着々と進めてはいるが、今回の講演ではそれを正当化させるような説明はせず、むしろ異常な低金利をまだ続けることで、雇用の回復を含めてサポートしているとの姿勢を示した格好となった。
3月18日、19日のFOMC後の会見でイエレン議長は質問に答える格好で、利上げまでの「相当の期間」についてその相当の期間とは「Around Six Months」と答えた。これにより、市場は予想よりも早期に利上げが実施されるとの見方が広がった。今回の講演はこの市場の動きを意識したものとも言えそうである。
どちらかといえば、前任者などに比べて実直というか正直さが強く、中央銀行トップに必要とされる(かもしれない)タヌキ度が低いとみられるイエレン議長は、自らの専門分野を例に出して、先走る市場に対してややブレーキを掛けさせたかのようにも映る。少なくとも雇用の回復が意識されて、テーパリングのピッチを弱めるようなことは考えづらく、今回の講演内容はあくまで市場に配慮したもので、イエレン流の期待の操作であるのではなかろうか。