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日銀の政策委員内の不協和音

久保田博幸金融アナリスト

昨年4月4日に日銀の量的・質的金融緩和政策(QQE)、いわゆる異次元緩和政策が決定して、まもなく1年目を迎える。今年4月の日銀の金融政策決定会合は4月7日と8日に開催される。

3月19日以降に立ち続けに金融政策を決めるメンバー、いわゆる政策委員の講演が続いていた。19日に黒田総裁と木内委員と佐藤委員、20日と21日にも黒田総裁の講演があり、24日には岩田副総裁の講演もあった。

昨年4月の異次元緩和以降の金融政策決定会合では、昨年4月28日から今年3月11日まで都合13回の決定会合が開かれた。このなかで金融政策そのものの決定に関しては、13回すべてにおいて全員一致での現状維持が決定されている。しかし、次回の決定会合以降はこの全員一致が崩れる可能性があり、最近の政策委員の講演内容をみると、その予兆のようなものを感じさせる。

黒田総裁は19日の講演で、「これまでのところ、量的・質的金融緩和は、狙いどおりの効果を着実に発揮しています」としている。予想インフレ率は体として上昇し、名目金利は先進国の長期金利が景況感の改善などに伴って上昇しているのとは対照的に、わが国の長期金利は0.6%前後という極めて低い水準で安定的に推移している。日本経済は緩やかな回復を続け、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は政策の導入時にはマイナスだったが、直近のデータでは1%台前半のプラスまで改善していると指摘。わが国経済は2%の「物価安定の目標」の実現に向けた道筋を順調に辿っており、我々はこの政策に確かな手応えを感じているとしている。

これに対して19日の木内審議委員の講演では、「私自身は、この間の物価上昇率の押し上げに最も大きな影響を与えたのは為替要因であったと考えており、為替要因を除いた基調的な物価上昇ペースは、より緩やかであるとみています」としている。さらに「私自身は日本の中長期の予想物価上昇率は、日本銀行が掲げる物価目標の水準や財・サービス及び労働市場の需給関係よりも、潜在成長率や労働生産性上昇率などの供給側の要因で決まる部分が大きいと考えており、少なくとも現時点では、2%という水準は日本経済の実力をかなり上回っているとみています」とコメントしている。さらに「量的・質的金融緩和は、正常化のプロセスが容易でない、財政ファイナンス観測を高めかねないなどの相応に大きな潜在的リスクを抱えている」と指摘している。

そしてやはり19日に講演を行った佐藤審議委員は「物価安定の目標が目指すのは、単に物価だけが上昇するのではなく、全般的な経済情勢の改善とともに賃金が上昇し、それとバランスよく物価が上昇する世界である。私見だが、そうした世界では、2%の目標といえども上下にアローワンスがあると考えるのが自然であろう。」と指摘した。また「巨額のマネタリーベースの供給が人々の予想物価上昇率に実際に影響を及ぼし得るかどうかについて知見は分かれる」との発言もあった。ただし、「予想物価上昇率への働きかけは、残された数少ない政策手段の一つと認識している」とも発言している。「中央銀行が名目長期金利水準をコントロールすることには限界があるので、政府による財政健全化の取り組みは極めて重要である。とりわけデフレ脱却の前後では、決定的に重要となってくる。」との指摘もあった。「自由な資本移動の下で中央銀行は万能ではない。たとえば、先ほどの名目長期金利の決定メカニズムに即して言えば、仮に、中央銀行が政府の調達コスト抑制のために国債市場への介入を増やしても、中央銀行による国債購入の増加が財政規律を弱めると市場に判断されれば、かえってプレミアム部分が上昇する可能性がある。」との指摘も重要なポイントとなる。

24日の岩田副総裁の講演では、「消費者物価の前年比は、消費税率引き上げの直接的な影響を除いたベースでみて、暫くの間、1%台前半で推移するとみています。その後は、次第に上昇傾向に復し、2014 年度の終わり頃から 2015 年度にかけて、物価安定の目標である2%程度に達する可能性が高いとみています」と目標達成に向けて順調に進んでいることを強調していた。

昨年4月の量的・質的金融緩和政策は、過去の日銀の政策の延長上にあったものであり、規模を極端に膨らませたに過ぎない。しかし、安倍自民党総裁のリフレ政策に沿ったものであり、それまでリフレ的な政策には距離を置いていた日銀にとって大きな政策変更であったことも確かである。翁・岩田論争での宿敵とも言える岩田氏が副総裁に就任したことからもそれが伺える。つまり執行部と呼ばれる総裁・副総裁が変わり、金融政策そのものが過去の日銀が行ってきたものとは異質なものになった。これに対して本来、執行部以外の審議委員からは異論が出ていてもおかしくはなかったが、前述のように4月4日以降の金融政策は全員一致で決まっている。

ただし、異次元緩和が決まった際、とりあえず1年は様子を見るつもりだとの一部の審議委員からの発言もあったようである。その1年がまもなく経過する。CPIの数字からみれば、確かに順調に目標達成に向かっていると言えなくはないが、そこに潜むリスクを木内委員や佐藤委員は指摘している。4月には消費増税があり、政府の一部からも追加緩和を求めるようなコメントも出てきている。債券市場はさておき、株式市場や外為市場からは日銀の追加緩和を求める声も出ている。その追加緩和を巡っては日銀の政策委員の間でも意見は割れることが予想される。異次元緩和から1年が経過し、これからは日銀の政策委員内の不協和音が高まっていくことが予想される。これはこれで本来の金融政策を決める姿ではあるが、いずれにせよ現状、日銀が危険な橋を渡っていることは確かであり、その行方を決めるのも日銀である。その動向次第では、山の如く動かなかった国債市場が動意を示す可能性もありうる。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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