岩田・翁論争を知っていますか
3月26日付け日経新聞の経済教室は、翁邦雄京都大学教授による「量的緩和、出口の展望必要」と題するものであった。この内容はいろいろな意味で興味深い。翁氏といえば、岩田・翁論争でも有名である。これは1990年代初めに当時の岩田規久男上智大学教授と翁邦雄日本銀行調査統計局企画調査課長との間でのマネーサプライ論争であった。
そのマネーサプライ論争に決着を付けるべく、岩田規久男氏は今度は日銀副総裁という立場で自らの説を試すことになる。それに対して翁氏はすでに日銀を離れており、岩田・翁論争から見ると、日銀の内部外部という意味からは、立場が完全に入れ替わっている。この論争は学者と日銀の実務者との論争との見方をされたが、今度は元学者の日銀副総裁(岩田氏)と、元日銀実務者でいま学者(翁氏)という立場ということになる。
これはこれでたいへん興味深い。特に岩田規久男日銀副総裁は、これから日銀の現場を見ることになる。実務者の話を外の人ではなく、内部の人として聞くことになる。それでも果たして意見が変わらないのか。2年間で2%の物価目標を達成できなければ辞任するとおっしゃり、自らの退路をすでに作ってしまっているかに見える。それよりも自らの主張が現場にマッチしているのかどうかと確認作業をまず行っていただきたいと思う。
今回の翁氏の経済教室では、「量的緩和の財政的コストはデフレ脱却時で初めて明確になる」と主張している。つまり出口を意識した上での、大胆な金融緩和でなければ、混乱を招くばかりでなく、コストも生じることで、それを誰が支払うかという問題も生じるという。
出口についてはどうやら岩田氏と翁氏は意見が一致しているようで、日銀のバランスシートは維持したまま、短期金利を上昇させる手段を示唆している。これに関し翁氏は具体的な手段として、当座預金残高の付利を誘導目標の水準にすれば良いと述べている。
ただし、このような手段の問題以上に深刻化するのが、物価安定と財政の持続性にどう折り合いをつけるか、ということであると翁氏は指摘する。「デフレ脱却までは財政当局と日銀の利害は一致する。しかしその後は、財政の持続可能性維持のために低金利を望む財政の論理と、物価安定のための金利引き上げを必要とするインフレ目標は正面衝突する」と指摘している。
これについてはいろいろと見方も分かれるのではなかろうか。ファンダメンタルに即した金利の上昇であれば、国債の保有者にとっても大きな問題とはならず、発行体である政府にとっても税収増も予想されることで、それほど大きな衝突にはならない可能性もある。ただし、個人的に懸念しているのはこれほど国債残高が膨れあがった状況での金利上昇を経験したことのないであろう市場参加者の心理状態である。デフレが続く間は安心して国債は買えるが、もし本当にデフレからの脱却ができるとして、2%を超える長期金利はまさに未体験ゾーンとなりうる。
今回の経済教室は、そもそも日銀の金融政策でデフレ脱却が可能という前提で話が進められているように思われるのが、少し残念であった。大胆な金融緩和がデフレ脱却を可能にさせるのか、できればそのあたりを聞きたかった。立場が逆転し、あらたな視線での新岩田・翁論争を見てみたい気もする。
ちなみに、拙著「アベノミクスを理解するための日銀入門[Kindle版]」では、リフレ派の熊さんとアンチリフレ派の牛さんの論争というか会話を通じて、アベノミクスに関わる日銀への関心を高めて頂きたいというのが狙いであった。書いた際には意識はしていなかったが、岩田・翁論争のような格好になれば、という気持ちもどこかにあったのかもしれない。もちろんそれほど高度な論争になってはいないが、この本が現在の日銀のことを理解する手助けになればと思う。