フレキシブルなインフレーション・ターゲティング
日銀の白井審議委員は講演で次のようなコメントをしている。
「世界には、いわゆる「インフレーション・ターゲティング(以降、略してインフレ・ターゲティングと呼ぶ)」を採用している諸国があります。例えば、英国、カナダ、スウェーデン、ニュージーランド、ノルウェー等が挙げられます。インフレ・ターゲティングは、現実には元々の厳密な意味(つまり、物価の安定だけに焦点を当てる方針)で採用している国はなく、全ての採用国がいわゆる「フレキシブル・インフレーション・ターゲティング」を採用していると、金融論の分野では世界的権威かつスウェーデン中央銀行(Riskbank)の副総裁であるLars E. O. Svensson博士が指摘しています。」
この「フレキシブル・インフレーション・ターゲティング」とは何であるのか。白井委員は次のように解説している。
「フレキシブル・インフレ・ターゲティングは、インフレと需給ギャップのそれぞれの見通しが、インフレはインフレ目標の近くで、需給ギャップは持続可能な水準の近くで最も安定化すると思われる政策金利を設定することを試みる枠組みです。」
これでは、良くわからない。さらに次のような解説もある。
「単純にインフレ目標をいかなるコストを払っても達成するというものではなく、インフレ安定化とマイナスの需給ギャップの縮小との間でうまくバランスをとるような政策金利を設定しようという枠組みです。」
何となく見えてきた。「いかなるコストを払っても達成する」ものではないというところがポイントになりそうである。さらに白井委員は続けている。
「つまり、インフレ目標を達成するにあたり、現実には様々な予期せぬショックが発生しておりますので、それらが経済成長に及ぼす影響にも配慮しながら、柔軟に金融政策を運営するという考え方に立っています。」
インフレ目標は設定するが、それに対して闇雲に政策を取るのではなく、柔軟な対応というところがポイントになる。これは白川総裁が言うところの、「適度な裁量性」が必要であるということか。
インフレ目標を採用しているイングランド銀行はインフレターゲットの2%の上下1%を超えると財務相に公開書簡を出さなければいけないが、書簡の回数は2007年4月以降、すでに14回にものぼっているそうである。つまり多少、目標から逸れようが、他の事情があり、物価目標だけを達成するような政策は打ちづらい。
米国はもっと柔軟性があり、そもそも2012年1月に物価に対して特定の長期的な目標を置いたが、本来インフレターゲットを強く主張していたはずのバーナンキ議長は、これはインフレターゲットではないとしている。つまりその数字に縛られてしまうと適切な金融政策運営ができなくなるためである。
「世界金融危機が金融政策に与えた教訓として各中央銀行に共有されている見方は、インフレ目標や物価安定だけに着目した政策運営では、インフレを低い水準に維持できても、リーマンショックを契機とする金融危機の発生を回避できなかったということです。つまり、多くの中央銀行がこれからはインフレないしは物価の安定だけではなく、「金融不均衡」にも注目してそれが拡大しないように金融政策を運営する必要があると考えるようになっています。」
「こうした観点からも、フレキシブル・インフレ・ターゲティングを採用する多くの国では、金融政策の「柔軟性」を維持することが重要であり、場合によっては実際のインフレがインフレ目標から乖離することを容認するようになっています。実際、かなり長い期間にわたって実際のインフレがインフレ目標から乖離する採用国も複数見られます。 」
つまりフレキシブルなインフレ・ターゲティングが現在のインフレ目標を採用している中央銀行の潮流であるとしている。白井委員は「日本銀行はインフレ・ターゲティングを採用していませんが」としているが、フレキシブル・インフレ・ターゲティング採用国との類似点を指摘している。
この日銀はインフレ・ターゲットを採用していないとの表現が少し気に掛かる。実質的には日銀はすでにフレキシブルなインフレ・ターゲティング採用国との認識と思うが、それは1月22日の決定会合での共同文書によって、正式採用となるのであろうか。
さらに白井委員は次のような発言もしている。
「日本銀行もフレキシブル・インフレ・ターゲティングを採用している国も、金融政策運営においてはともに「実際のインフレにもとづくアプローチ」ではなく、「インフレ・フォーキャスト(インフレ予測)・アプローチ」を採用しています。」
まさにFRBがこれを採用しているように思われるが、果たして短期間でデフレ脱却を目指す安倍政権は、やや生ぬるいともされかねないインフレ・フォーキャスト・アプローチを許容するのかどうか。このあたりを含めて、21日から22日の金融政策決定会合の行方を見守りたいと思う。