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女性コンビで打倒維新を狙った「アップデートおおさか」のしくじりと希望

幸田泉ジャーナリスト、作家
落選会見をする北野さん(左)と谷口さん(右)=4月9日、大阪市中央区で、筆者撮影

 4月9日に投開票が行われた大阪の府市首長ダブル選挙では、「アップデートおおさか」なる政治団体が登場し、大阪府知事選に法学者でテレビコメンテーターの谷口真由美さん、大阪市長選に大阪市議の北野妙子さんを擁立した。府市ともに「大阪維新の会」の首長という維新体制を切り崩すべく設立された政治団体だったが、選挙結果はいずれも維新候補に大差で敗れた。知事選は2期目を目指した吉村洋文・府知事が約244万票を獲得したのに対し、谷口さんは約44万票。大阪市長選は元大阪府議の横山英幸さんが約66万票、北野さんは約27万票だった。

 「アップデートおおさか」は企業経営者、学者、市民団体関係者らが呼び掛け人になっており、市民が作った政治団体として市民主体の地方自治を目指すとした。こうしたコンセプトを府民に浸透させるには時間が足りず、風を起こせないままゲームセットとなった。

またもや自民党支持層まとめられず

「アップデートおおさか」の政策発表と府市首長ダブル選挙の候補2人が紹介された設立記念パーティー=2023年3月1日、大阪市天王寺区で、筆者撮影
「アップデートおおさか」の政策発表と府市首長ダブル選挙の候補2人が紹介された設立記念パーティー=2023年3月1日、大阪市天王寺区で、筆者撮影

 「アップデートおおさか」が設立と府市首長ダブル選2候補について記者会見をしたのは、選挙の告示まで2カ月を切った2月8日。自民党市議の北野さんは自民党を離党して、谷口さんとともに「市民派候補」としての出馬だった。市民派候補を擁立するための政治団体の設立は、今年初めごろから準備が進められていたにもかかわらず、選挙戦目前の発表となったのは、候補者選びが難航したためだ。府知事選と大阪市長選はいずれも12年前から維新が3連勝中。2021年の衆院選では府内19小選挙区のうち候補を立てた15小選挙区で全勝している。誰も立ち向かいたくないのは当然であり、むしろ候補者が見つかったことの方が奇跡に近い。

 過去3回の府知事選、大阪市長選は維新VS自民で維新が勝利。そこで、維新VS市民派の選挙戦にするのが「アップデートおおさか」の目的であり、そのためには保守系からリベラル系まで幅広い市民の支持を得る必要があった。しかし、結果的に自民党支持層の票は大量に維新候補に流れた。朝日新聞の報道によれば、府知事選では自民党支持層のうち22%しか谷口さんに投票しておらず、大阪市長選で北野さんに投票したのは52%にとどまる。

 「アップデートおおさか」の事務局長、小西禎一・元大阪府副知事は「自民支持層を固められないまま選挙戦に突入してしまった」と話す。小西事務局長も2019年の府知事選に自民党推薦で出馬し、維新の吉村洋文知事に100万票差で負けた。「私の選挙の時も自民支持層の半分は維新に流れた。支持をまとめられないのは大阪の自民党の弱点」と指摘したうえで、「政党とは一線を画し、市民が作った政治団体という形で選挙に臨んだのは意味があった。今後は政党との関係を成熟させて、票に結び付けるのが課題だ」と話す。

大阪の課題が争点化できず

JR天王寺駅前で行われた「アップデートおおさか」の街宣活動=2023年4月2日、大阪市天王寺区で、筆者撮影
JR天王寺駅前で行われた「アップデートおおさか」の街宣活動=2023年4月2日、大阪市天王寺区で、筆者撮影

 「アップデートおおさか」が具体的に打ち出した政策は、大阪湾の人工島「夢洲」に誘致される大阪IR(カジノを含む統合型リゾート)計画の見直し▽新型コロナウイルスで全国ワースト1の死者を出した保健医療体制の強化▽中小の製造業支援による府域内経済の活性化、などだった。

 大阪IR計画は入場者も売り上げも8割がカジノ客であり、統合型リゾートというより「ほぼカジノ」である。しかも年1600万人を見込むカジノ客のうち、1000万人は国内客を予定しており、海外からの富裕層が派手に遊ぶカジノのイメージからは程遠い。また、建設場所の夢洲は大阪湾岸の埋め立て地で、軟弱地盤のうえ土壌は汚染。高層ビルなどの建築物によって地盤沈下は必至の場所であり、地震、津波などの災害にも弱い。夢洲の所有者である大阪市は液状化対策と汚染土壌の処理費に788億円の公金投入を決めているが、将来的に地盤沈下対策などに底なしの公金投入が続く恐れもある。

 落選が決まった4月9日夜の記者会見で谷口さんは「大阪IRの問題を知らない層が圧倒的に多い。選挙では争点化し切れず、意識の醸成ができなかった」と述べた。北野さんは当選した維新の横山さん向けて「二元代表制の一翼を担うのだから、市民の方を向いた市長になってほしい」と注文したが、これは夢洲のIRが大阪市財政、市民生活に悪影響を与えるのを懸念してのことだ。

 大阪IR計画は昨年4月に大阪府が国に認可申請を行い、審査委員会の審査が続いていた。府市首長ダブル選挙が4月9日に維新候補の圧勝で終わると、政府は4月14日、待っていたかのように計画を認定した。小西事務局長は「マスコミは認定されてから大阪IRの問題を報道しているが、認定前に報道すべきことだ。政治の劣化とともにマスコミの劣化も大きい」と、カジノ反対の活動もしてきただけにマスコミの報道姿勢に怒りをにじませる。

市民運動の「カジノ反対」の声も届かず

カジノ反対の市民らによる御堂筋のパレード。選挙を棄権せず投票に行くことで、カジノ誘致をストップさせようと呼び掛けた=2023年2月11日、大阪市中央区で、筆者撮影
カジノ反対の市民らによる御堂筋のパレード。選挙を棄権せず投票に行くことで、カジノ誘致をストップさせようと呼び掛けた=2023年2月11日、大阪市中央区で、筆者撮影

 昨春、大阪府内では「カジノ誘致の賛否を問う住民投票」の実施を求め、有権者の50分の1(約15万)の署名を集める直接請求署名運動が行われた。「カジノの是非は府民が決める 住民投票をもとめる会」が結成され、2カ月で約20万筆の署名を集めるのに成功。住民投票の条例案は大阪府議会が否決し、住民投票は行われなかったが、府内全域を対象とした直接請求署名運動は45年ぶりで、市民運動の底力を示した。

 「もとめる会」は「夢洲カジノを止める会」に改組し、今年に入って春の選挙をにらみ投票率アップ運動に取り組んだ。府市首長ダブル選挙で、非維新の候補を当選させるには投票率が上がることが必須であったが、4年前に49.49%だった知事選は46.98%に、大阪市長選は52.7%から48.33%にダウン。会の共同代表の1人、大垣さなゑさんは「公選法上の規定で特定の候補への投票呼び掛けができず、カジノ阻止を公約とする候補を間接的に応援する方法を取った。しかし、カジノ反対というカードは、非維新勢力の結節点にもならず、有権者に対しては投票意欲を刺激するインパクトもなかった」とショックを隠せない。

選挙戦のマイク納めに市民が登場

谷口さんと北野さんのマイク納め式に登場した大阪市立木川南小の元校長、久保敬さん(中央)。現職時代に松井一郎・前大阪市長に提言書を出し、文書訓告になった=2023年4月8日、大阪市北区で、筆者撮影
谷口さんと北野さんのマイク納め式に登場した大阪市立木川南小の元校長、久保敬さん(中央)。現職時代に松井一郎・前大阪市長に提言書を出し、文書訓告になった=2023年4月8日、大阪市北区で、筆者撮影

 新型コロナウイルス禍で大阪は全国ワースト1の8000人を超える死者を出し、保健医療体制の脆弱さが露呈した。「アップデートおおさか」は保健所の強化なども公約に掲げたが、世間には「コロナはもう済んだ話」という空気が漂い、候補者の訴えは暖簾に腕押しとなった。コロナ禍で連日のようにテレビ出演して人気を高めた吉村知事に対抗し、テレビコメンテーターの谷口さんを立てた「有名人作戦」も票にはつながらなかった。

 戦略はことごとく空振りだったが、今後に希望を残したのは「市民と政治をつなぐ円卓会議(ラウンドテーブル)」と称した取り組みだ。谷口さんと北野さんは選挙への出馬表明の後、高齢者介護、子どもの教育などにかかわる関係者、ギャンブル依存症患者などから意見を聞く場を持った。維新のキャッチフレーズ「身を切る改革」をもじって「木を切る改革」と言われている街路樹の大量伐採現場にも足を運んだ。

 こうした2人の行動を受け、選挙戦最終日の「マイク納め式」では、一市民たちが応援演説を行った。ギャンブル依存症患者の支援をしている山口美和子さんは「カジノ誘致を止められるのは、依存症患者とその家族の苦しみを聞いてくれた谷口さんと北野さん」と叫んだ。松井一郎・前大阪市長に教育行政への提言書を出して大阪市教委から「文書訓告」とされた大阪市立木川南小学校の元校長、久保敬さんは「維新政治になってこの十数年、大阪の豊かな学校文化が壊されてきた。このまま何も言わずに退職したら一生後悔すると思って松井市長に提言書を出したら、文書訓告になった。住民と対話して耳を傾ける人に知事、市長になってほしい」と訴えた。

 「アップデートおおさか」の呼び掛け人の1人である中野雅司さんは、会社経営者と市民運動家の二足のわらじを履く。「市民主体の政治団体という趣旨に賛同し、市民が地方自治の中心になる一歩を踏み出したいと思って呼び掛け人になった」と話す。大阪のような大都会で市民主導の選挙は極めて難しい。ともかく「アップデートおおさか」はそれに挑戦し、まいた種は、まずは小さな芽を出した。成木となった時、葉を茂らせるのか、花を咲かせるのか、その姿はまだ誰にも分からない。これから「市民たち」が水をやって育てなければならないのだ。

ジャーナリスト、作家

大阪府出身。立命館大学理工学部卒。元全国紙記者。2014年からフリーランス。2015年、新聞販売現場の暗部を暴いたノンフィクションノベル「小説 新聞社販売局」(講談社)を上梓。現在は大阪市在住で、大阪の公共政策に関する問題を発信中。大阪市立の高校22校を大阪府に無償譲渡するのに差し止めを求めた住民訴訟の原告で、2022年5月、経緯をまとめた「大阪市の教育と財産を守れ!」(ISN出版)を出版。

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