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大阪IR・カジノの争点化を巡る選挙戦の攻防

幸田泉ジャーナリスト、作家
「アップデートおおさか」の街宣でマイクを持ったギャンブル依存症の専門家=筆者撮影

 統一地方選と同時に大阪府知事選、大阪市長選が行われる大阪は、選挙づくめの春を迎えている。こんなことになったのも4年前、統一地方選に合わせて、「大阪維新の会」の大阪府知事と大阪市長が任期途中で辞職し、立場を入れ替えて選挙に出馬する「クロス選」を実行したからである。このように市民の度肝を抜く奇策をやってのける維新だが、今回の選挙は手堅く乗り切るつもりのようだ。一方、対立候補は、大阪湾岸の人工島「夢洲」に誘致されようとしているIR(カジノを含む統合型リゾート)の問題を争点化し、投票率を上げて激戦に持ち込むのを狙う。「夢洲カジノNO」の風は起こるのか、無風のまま維新が勝利を収めるのか――。

「アップデートおおさか」の街宣にギャンブル依存症の専門家登場

 3月18日、大阪の中心地、梅田で街頭活動を行った「アップデートおおさか」。大阪府知事選にテレビコメンテーターで法学者の谷口真由美さん、大阪市長選に大阪市会議員の北野妙子さんを擁立する。歩道に設けられた仮設ステージで、谷口さん、北野さんと並んで、ギャンブル依存症患者の立ち直りの支援をする山口美和子さんがマイクを握った。

 「ギャンブル依存症は本人だけでなく、周りの人を苦しめます。困り果てた家族が首を吊ります。依存症患者は自分の家庭から奪うお金がなくなると、次に社会から奪おうとします。窃盗や強盗をはたらくようになります」

 山口さんは大阪府内を中心に講演活動もしており、ギャンブル依存症の専門家で知られる。「谷口さんと北野さんは先日、ギャンブル依存症患者の話を聞く場を持ってくれた。府知事と市長になったら、これ以上、ギャンブルの被害者が出ないようきっとカジノ誘致を止めてくれるはず」と期待を込めた。

 「アップデートおおさか」は府市首長ダブル選挙に向け、保守派からリベラル派まで幅広く支持を得るのを目的として、今年1月、大阪府選挙管理委員会に設立を届け出た政治団体だ。自民党支持者らを意識してか、設立当初は「カジノ反対」と拳を突き上げるのではなく、「大阪にカジノが作られようとしているのを知らない人が多い」「IRは肝心なことが情報開示されていない。情報公開したうえで住民投票で決める」という賛成と反対の中間のような見解を示してきた。

 しかし、選挙戦の告示日を目前にし、IR・カジノを本格的な争点にして維新と対峙する戦術に舵を切りつつあるようだ。

大阪府知事選に初出馬の参政党は「IR誘致は白紙撤回」

歯科医の吉野敏明さん(写真右)を大阪府知事選に擁立する参政党の記者会見。参政党副代表の神谷宗幣・参院議員(写真左)は「IR・カジノは白紙撤回」=2023年2月24日、大阪市中央区で、筆者撮影
歯科医の吉野敏明さん(写真右)を大阪府知事選に擁立する参政党の記者会見。参政党副代表の神谷宗幣・参院議員(写真左)は「IR・カジノは白紙撤回」=2023年2月24日、大阪市中央区で、筆者撮影

 2022年夏の参議院選挙で注目を集めた「参政党」が、今回の大阪府知事選に初めて候補を立てる。2月24日に大阪市内で記者会見し、東京・銀座でクリニックを経営する歯科医の吉野敏明さんを擁立すると発表した。参政党副代表の神谷宗幣・参院議員は会見の冒頭、主要政策の説明で「IR・カジノは白紙撤回。お金がかかるので住民投票もしない」と断言した。

 吉野さんは大阪のIR誘致について「もともと港湾利権から始まっている。大阪のためになるとか、経済が活性化するとか、いろんなフェイクを使って進められてきた」と批判。夢洲が大阪湾を廃棄物で埋め立てた人工島であることから、「関西経済が浮上するどころか、地盤も含めて沈下している。地盤沈下するところにお金をかけて建物を作っていいのか。将来の大阪のことを考えて(撤退という)勇気ある決断が大事だ」と話した。

 参政党は国益を守る保守系政党を標榜している。夢洲のIRにはアメリカのカジノ事業者が参入するため、吉野さんは「これ以上、日本にギャンブルを増やしていいのかという問題もあるし、外資でカジノをやって儲かった金はどこにいくのか。統合型リゾート(IR)という言葉でカジノの存在を消している。選挙を通じて府民に知ってもらいたい」と述べた。

 大阪府知事選に最初に名乗りを上げた元共産党参院議員の辰巳孝太郎さんも、「大阪の未来にカジノはいらない」を掲げている。2期目を目指して府知事選に臨む「大阪維新の会」の吉村洋文・府知事を、3人が「IR・カジノの誘致阻止」で取り囲む格好になってきた。

大阪市長選で維新の会は討論回避の作戦?

大阪市長選の予定候補者による公開討論会に維新の横山英幸・大阪府議は参加せず、「アップデートおおさか」が擁立する北野妙子・大阪市議だけが登壇(舞台中央)=2023年3月13日、大阪市淀川区で、筆者撮影
大阪市長選の予定候補者による公開討論会に維新の横山英幸・大阪府議は参加せず、「アップデートおおさか」が擁立する北野妙子・大阪市議だけが登壇(舞台中央)=2023年3月13日、大阪市淀川区で、筆者撮影

 大阪維新の会は統一地方選に向けて昨年末から大阪市内を中心に府内各地でタウンミーティングを開催してきた。内容は、教育費無償化、鉄道や道路のインフラ整備などが中心。カジノ反対運動をしてきた市民らが2月ごろからタウンミーティングに参加し、質疑応答の際に「カジノ誘致を止められないのか」などと問い、カジノを“表沙汰”にする試みをしてきた。筆者は3月10日に「大阪維新の会」から大阪市長選に出馬する横山英幸・府議会議員の地元である大阪市淀川区で開かれたタウンミーティングに参加したが、質疑応答の時間は設けられていなかった。

 3月13日には在阪ジャーナリストらが大阪市長選の予定候補者、北野妙子さんと横山英幸さんによる公開討論会を企画した。IR・カジノもテーマの一つだったが、参加したのは北野さんだけで、横山さんは欠席。討論会にはならず、北野さんが主催者側の質問に答える形の集会になった。

 維新政治の分析を続けている冨田宏治・関西学院大学教授(政治学)は、「維新という政党は多数決がすべてであって、熟議や議論に価値を認めていない。選挙戦の前に討論会など避けたいに決まっている。なぜなら、討論すると嘘がばれてしまう。教育費無償化でも大阪がどこよりも先行しているように平気で嘘を言っているが、討論会になれば『大阪は全国的にみて遅れているのでは?』と突っ込まれる」と話す。

 選挙の戦い方に関して冨田教授は、「維新はIR・カジノを『もう決まったこと』と争点化しないようだが、まだ国の認可は下りてはいない。維新の対立候補たちは『今ならば止められる』と有権者に希望を持たせることが大事だ」と言う。夢洲のIRは大阪市のお金を使って大阪府が誘致を進める構図になっており、「大阪市民にとっていかに切実な問題であるかは、北野妙子さんの決断が表している。自民党大阪市議団の幹事長まで務めた人が、広範な支持を集めるため自民党を離党して無所属候補になるのは、並大抵の覚悟ではなかったと思う」と評する。

 維新への圧倒的支持に立ち向かうには、2015年、2020年に行われた維新の看板政策「大阪都構想」の住民投票が参考になるという。大阪市内の選挙の投票率は概ね50%前後だが、住民投票では投票率が60%を超え、結果は2回とも「反対多数」だった。冨田教授は「大阪市民は『住民投票で反対多数になれば大阪市を守ることができる』と自身の投票権の価値を自覚した。だから投票率が上がった。今回の大阪市長選では、有権者がIR・カジノ誘致を止める希望を自分の1票に託せるかどうか。それが投票率アップの鍵になるだろう」と予測している。

ジャーナリスト、作家

大阪府出身。立命館大学理工学部卒。元全国紙記者。2014年からフリーランス。2015年、新聞販売現場の暗部を暴いたノンフィクションノベル「小説 新聞社販売局」(講談社)を上梓。現在は大阪市在住で、大阪の公共政策に関する問題を発信中。大阪市立の高校22校を大阪府に無償譲渡するのに差し止めを求めた住民訴訟の原告で、2022年5月、経緯をまとめた「大阪市の教育と財産を守れ!」(ISN出版)を出版。

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