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大阪市立の高校の大阪府への無償譲渡を巡る住民訴訟がスピード審理。3月25日に判決

幸田泉ジャーナリスト、作家
大阪市立咲くやこの花高校=大阪市此花区、筆者撮影

 今年4月1日に大阪市立の高校22校(現在は21校)が大阪府に移管され、高校の土地、建物が大阪府に無償譲渡されるのを巡り、無償譲渡契約の差し止めを求める大阪地裁(森鍵一裁判長)の住民訴訟は、1月28日の第4回口頭弁論で結審し、3月25日午後3時に判決言い渡しが決まった。住民訴訟は提訴から1審判決までに2~3年かかるのが一般的だが、「差し止め請求なので(2022年4月1日の)期限までに判断する」という裁判所の方針で、昨年10月7日の提訴から半年で判決という異例のスピード審理が行われた。

 この住民訴訟は筆者も原告の1人であり、「前例のない大規模な高校の無償譲渡は、『大阪維新の会』の大阪府知事と大阪市長の間で取り決めた公有財産の私物化」と訴えてきた。20校以上の公立高校をごっそり別の自治体に「ただであげる」という事態に、森鍵裁判長は細かな法律論には執着せず、実体的、現実的な訴訟指揮を行った。「巨額不動産の所有権移転」を目的とした教育的観点のない高校移管であることを踏まえた判決を望みたい。

不動産目的でしかない高校移管

 大阪市立の高校を大阪府に移管するのに伴い、大阪市が所有する高校の土地、建物は大阪府に売却したり貸与するのではなく、無償譲渡する方針になっている。原告側は「市税で築いた大阪市民の財産を投げ捨てる行為だ」と主張し、被告の大阪市側は「無償譲渡には合理性がある」と反論している。

 訴訟の主な争点は四つ。①大阪市が高校不動産を大阪府に無償譲渡するのは府立高校の建設費用を大阪市が負担することになるのか(地方財政法27条1項、同法28条の2に違反するか)②高校不動産を大阪府に無償譲渡することに大阪市の公益はあるのか(地方自治法232条の2に違反するか)③大阪市議会は高校不動産の寄付を議決したと言えるのか(地方自治法96条1項6号、同法237条2項に違反するか)④公有財産の寄付について規定した大阪市財産条例16条を適用して高校の無償譲渡ができるのか。

 大阪市から大阪府に無償譲渡される高校の土地、建物は、大阪市公有財産台帳価格で約1500億円にのぼる。裁判所がスピード審理を決断したのは、無償譲渡される不動産が巨額であり、高校という市民に影響の大きい施設であることを重視したとみられる。

 この高校無償譲渡が住民訴訟にまで発展したのは、大阪府が移管された大阪市立の高校を「廃校にして売却する」ことを想定しているためだ。生徒数が減少する中、公立高校は再編整備が進んでおり、大阪府が大阪市から移管された高校を統廃合すれば、廃校にして不動産を売却した代金は大阪府の収入になる。

 つまり、松井一郎・大阪市長は大阪市税で整備した高校群を何の見返りもなく大阪府に「寄付」し、吉村洋文・大阪府知事は好きに処分して現金化できる巨額不動産を経費ゼロで手に入れるのだ。松井市長と吉村知事は「大阪維新の会」の政治家として親分、子分の関係であり、大阪市の財産や権限を大阪府に移し替えるという「大阪維新の会」の政治目的のために、教育機関まで容赦なく利用したのがこの高校移管である。

 大阪府議会は「大阪維新の会」の府議が過半数を占めており、どんな施策でも議会でストップがかかることはない。政令指定都市、大阪市の財産、権限を大阪府に移し替え、維新政治家たちで決定できる行政の領域を広げようとしているのだ。

裁判中にも進む高校統廃合計画

 大阪市立の高校は工業高校、商業高校など実業系が多く、大学進学率の高まりとともに、高卒で就職する生徒が多い実業系高校は定員割れするようになった。大阪府に移管されれば廃校になると予想されるのには、「定員割れ」の事情がある。

 今年1月25日の大阪府教育委員会会議には、定員割れが続いている大阪市立の三つの工業高校を一つにする議案が出された。泉尾工業高、生野工業高を廃校にし、東淀工業高に「府立新工業系高校」を作るという。高校無償譲渡の差し止めを求める住民訴訟は、昨年11月15日の第1回口頭弁論で、森鍵裁判長が「(2022年の)3月末までに判決を出す」と明言して審理が進んでいたが、大阪府は裁判などおかまいなしに、大阪市から移管された後の「高校つぶし」をさっさと決めてしまおうというのだ。

 定員割れの工業高校は時代遅れの象徴のような扱われ方をしているが、実は地元企業にとって貴重な人材供給源だ。東淀工業高の多田真己教諭は「今年は88人の3年生に対し、1000件以上の求人があった。そのうち、東淀工業を指定しての求人も300件以上ある。就職先の企業からは『工業高校の生徒は仕事への意識が高く、すぐに辞めたりしない』と評価されている」と胸を張る。

 多田教諭が進路指導の担当として地元企業と話す中で、工業高校の統廃合計画を伝えると、大抵はびっくりするという。「今でも若い社員が足りないと困っている企業はたくさんある。中学生に人気がなく定員割れしているからと工業高校の生徒数をどんどん減らせば、ものづくりの現場はもっと追い込まれる。大阪市も大阪府も『公教育で世に必要な人材を育てる』という考えがあるのだろうか」

高校の無償譲渡に差し止めを求める住民訴訟を傍聴するため、傍聴券を求めて列を作る人々=大阪市北区の大阪地裁で、筆者撮影
高校の無償譲渡に差し止めを求める住民訴訟を傍聴するため、傍聴券を求めて列を作る人々=大阪市北区の大阪地裁で、筆者撮影

終わらない大阪都構想

 東淀工業高の多田教諭は「大阪市立の高校が大阪府に移管されることは、まるで世間に知られていない」と嘆き、「大阪都構想(大阪市の廃止・分割)が2度の住民投票で否決されたので、ほとんどの人は『府市統合』はなくなったと思っている。高校移管の話をすると、『何で? 住民投票でそういうことはできなくなったんじゃないの?』という反応だ」と話す。

 政令指定都市の大阪市を廃止して、その権限と財源を大幅に大阪府に移譲する「大阪都構想」は、「大阪維新の会」の看板政策だが、2015年と2020年の大阪市民を対象とした住民投票でいずれも「反対多数」となった。2020年11月の2度目の住民投票の後、松井市長と吉村知事はまたもや敗北した腹いせのように、高校移管の議案を府市両議会に上程し、さらに「大阪市の都市計画権限を大阪府に委託する条例を制定する」とぶち上げた。

 大阪都構想をパーツごとにバラバラにして、実行しようというのだ。これならば住民投票をする必要はないが、恐ろしく市民をバカにした話であり、松井市長と吉村知事は市民をだます手腕にだけは長けている。

 大阪市立の高校の大阪府への無償譲渡は、大阪市財産条例16条を適用し、松井市長の「裁量」で巨額不動産を大阪府にただであげるという法的スキームで行われようとしている。このやり方が通用するならば、大阪市の財産は「市長の裁量」で何でも寄付してしまうことができる。住民訴訟で私たち原告が「こんな巨額不動産の寄付に大阪市財産条例は適用できない」と主張しているのは、これ以上の財産流出を止める狙いもある。2度の住民投票で「NO」の結論が出ても、大阪都構想は終わっていない。

ジャーナリスト、作家

大阪府出身。立命館大学理工学部卒。元全国紙記者。2014年からフリーランス。2015年、新聞販売現場の暗部を暴いたノンフィクションノベル「小説 新聞社販売局」(講談社)を上梓。現在は大阪市在住で、大阪の公共政策に関する問題を発信中。大阪市立の高校22校を大阪府に無償譲渡するのに差し止めを求めた住民訴訟の原告で、2022年5月、経緯をまとめた「大阪市の教育と財産を守れ!」(ISN出版)を出版。

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