Yahoo!ニュース

大阪都構想の特別区設置協定書に「異議あり」の声

幸田泉ジャーナリスト、作家
大阪市役所。大阪都構想では三つの特別区職員が同居する「合同庁舎」になる=筆者撮影

 政令指定都市の大阪市を廃止して特別区に分割する「大阪都構想」は、大阪市を幾つの特別区に分けるのか、特別区と大阪府の税源配分はどうするのか、などを記した自治体再編の設計図「特別区設置協定書」が固まった。

 「大都市地域における特別区の設置に関する法律」(大都市法)に基づいて、特別区設置協定書は「大都市制度(特別区設置)協議会」(法定協議会)が作成し、総務大臣に報告が義務付けられている。総務大臣から「特段の意見なし」の回答を受け取ったことから、法定協議会の今井豊会長(大阪府議)は7月31日、吉村洋文・大阪府知事と松井一郎・大阪市長に特別区設置協定書を手渡し、法律上の「送付」を終えた。8月末~9月初めにかけて大阪府議会、大阪市会に付議される予定で、府市両議会で承認されれば、大阪市民の住民投票にかけられることになる。

 総務大臣の「特段の意見なし」との回答は、「法的に問題ない」を意味するが、大阪都構想を分析してきた専門家からは、特別区設置協定書は地方公共団体の自治権を侵害する重大な問題をはらんでいるとの指摘が出ている。

例のない巨大「一部事務組合」の誕生

 大阪都構想は2015年5月17日に大阪市民の住民投票で否決された。それを蒸し返して、2度目の住民投票をやろうとしているのが現状だ。

 当初から「大阪都構想の矛盾の象徴」と言われてきたのが、大阪市を特別区に分割すると同時に設置される巨大な「一部事務組合」である。5年前に住民投票で否決されたのは「大阪市廃止、五つの特別区に分割」する計画。現在進行中なのは「四つの特別区に分割」する計画だが、特別区の設置とともに、特別区が共同で作る巨大一部事務組合ができるのは5分割計画の時と変わっていない。

 一部事務組合とは、市町村などの普通地方公共団体が単独で処理するのは負担の大きい仕事を、共同で実施するために設置する「特別地方公共団体」だ。大阪府内の例としては、大阪市、松原市、八尾市、守口市で一部事務組合「大阪広域環境施設組合」を作り、一般廃棄物の焼却処分を行っている。

 このように一部事務組合とは、例外的に複数の地方公共団体が業務を協同するものである。しかし、大阪都構想における4特別区の一部事務組合は、介護保険事業、住民情報システムの管理、福祉施設の管理、体育館など市民利用施設の管理など、151もの業務を行い、職員約300人が配置される。大阪市として一つにまとまって行政を実施してきたのを、無理矢理に4分割するため「割れない仕事」が発生し、一部事務組合にぶっ込んでおくことにしたのである。

 大阪都構想の始まりは「大阪府と大阪市の二重行政の解消」だったが、大阪市を廃止して四つの特別区に分割したうえ、もう一つ職員300人規模の新しい特別地方公共団体ができるのだから、役所が細かくなって市民からすれば余計にややこしくなるとも言える。

特別区設置協定書の一部事務組合は特別区の自治権侵害

大阪市役所前で「大阪都構想より新型コロナウイルス対策を」と訴える人々=2020年6月、筆者撮影
大阪市役所前で「大阪都構想より新型コロナウイルス対策を」と訴える人々=2020年6月、筆者撮影

 「相互に関連のない多種多様な業務を行うマンモス一部事務組合には、議会がどう関与できるのかなど疑問が尽きない」。こう話すのは、大阪市の財政局長、経済局長を歴任した木村收・元大阪市立大学教授(地方財政論)。法定協議会を毎回、傍聴してきた。

 一部事務組合には議会もあるが、構成する自治体の議員が兼務している。特別区設置協定書では各特別区の区議はわずか18人~23人しかおらず、木村元教授は「議員がしっかり運営をチェックできるとは思えず、マンモス一部事務組合は複雑で市民の目が届かない存在になるのは確実だ」と話す。

 さらに、「特別区設置協定書に一部事務組合の設置まで盛り込むのは、大都市法の規定を逸脱している」と木村元教授は訴える。

 特別区設置協定書の記載事項として、大都市法第五条は「特別区とこれを包括する道府県の事務の分担に関する事項」としている。大阪市が政令指定都市としてやってきた仕事を、大阪市廃止後、「大阪府と四つの特別区でどう分けるか」を決定するのは大都市法の定めによる。しかし、大阪府と4特別区の仕事だけでなく、新たな特別地方公共団体「一部事務組合」の設置まで決めていることについて、木村元教授は「一部事務組合を設置するかどうかは、四つの特別区が協議して決めることであって、特別区ができる前から別の特別地方公共団体である一部事務組合を作ることまで特別区設置協定書で決めているのは、特別区の自治権侵害だ」と指摘する。

大阪都構想で介護保険事業も一部事務組合に

大阪市はワンチーム提供
大阪市はワンチーム提供

 大阪都構想では、4特別区の介護保険事業を一部事務組合で実施することになっており、この点についても異論が出ている。木村元教授は「超高齢社会で基礎自治体の核心的業務であるはずの介護保険事業を、一部事務組合に丸投げしている」と憤る。ケアマネジャーの資格を持つ武直樹・大阪市議(無所属)は「基礎自治体の高齢者施策と介護保険事業は表裏一体の関係。高齢者施策は特別区、介護保険は一部事務組合では、特別区は高齢者の健康維持を促進する取り組みなどにモチベーションが上がらない」と話す。

 東京都の23特別区は各特別区で介護保険事業を行っている。大阪都構想で4特別区がそれぞれ介護保険事業をするのではなく一部事務組合で行うこととなったのは、特別区間で介護保険料やサービスに差異が出ないよう「公平性」を優先したためだ。介護保険料が上がったり、サービスが低下した特別区の住民から「大阪市の方が良かった」と不満が出るのを恐れたのだ。

 大阪社会保障推進協議会の介護保険対策委員長で、「介護保険料に怒る一揆の会」の事務局長、日下部雅喜氏は「大阪市は全国的に見ても介護保険料が非常に高く、既に破綻寸前の状態にあると言っていい。今後は破綻させないために自治体としての財政的努力や国への提言等が必要になるが、一部事務組合でそれができるのか」と危惧する。

 大阪市の介護保険事業計画(2018~2020年度)によると、65歳以上の「第1号被保険者」の平均的な介護保険料である「基準額」は月7927円。これは全国の市町村のうち10位の高さである。大阪市は高齢者の要介護認定率が高く、独居高齢者が多いことなどから、介護保険のニーズが高く保険料も高い。

 日下部氏は「一部事務組合は基礎自治体ではなく、住民に対して直接責任を負わない。議会も形骸化しているため、住民の声が届きにくく、運営は画一的で硬直化する傾向がある。各特別区は介護保険事業を直接しないことで、今後の超高齢社会への対応力を欠いた自治体になってしまう。高齢化が進む中でそうした無責任体制では、特別区の介護保険料は上がり放題になってしまう」と予測する。

 介護保険事業の財源は、国と地方自治体の負担金、被保険者の保険料だ。「国庫負担は25%しかない。大阪市は全国の市町村の先頭に立って、国庫負担を増やすよう要求する役割を担うべきだ。これは大阪市にしかできないし、全国の介護保険制度を助けることになる」と日下部氏。大阪都構想については「大阪市民の老後を守るためには、絶対に『NO』と言わなくてはならない」と断言した。

ジャーナリスト、作家

大阪府出身。立命館大学理工学部卒。元全国紙記者。2014年からフリーランス。2015年、新聞販売現場の暗部を暴いたノンフィクションノベル「小説 新聞社販売局」(講談社)を上梓。現在は大阪市在住で、大阪の公共政策に関する問題を発信中。大阪市立の高校22校を大阪府に無償譲渡するのに差し止めを求めた住民訴訟の原告で、2022年5月、経緯をまとめた「大阪市の教育と財産を守れ!」(ISN出版)を出版。

幸田泉の最近の記事