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伝統ある大阪市立の工業高校がピンチ。大阪府の「高校減らし」に巻き添えか

幸田泉ジャーナリスト、作家
明治40年開校の大阪市立都島工業高校=大阪市都島区、筆者撮影

 公立高校の再編を巡り、大阪では大阪市立高校全21校を大阪府に無償譲渡し、府立高校にする方針が打ち出された。移管時期は2022年4月。吉村洋文・府知事と松井一郎・大阪市長は市から府への「無償譲渡」で合意し、これが9月初めにマスコミで報じられるやいなや、「府に譲渡された高校は廃校対象にされる」と悲観する声が上がっている。

■大阪府の「3年ルール」

 なぜこのような悲観論が出るのかと言えば、大阪府立学校条例は「3年連続して定員割れした高校は再編整備の対象とする」と定めているためだ。この条例は松井市長が大阪府知事だった2012年3月に大阪府議会で可決され、同年4月に施行された。以後、大阪府教育委員会は少子化に伴う「高校減らし」を、この「3年ルール」に基づいて進めている。

 大阪市立高校が大阪府立高校となってこの3年ルールが当てはめられると、工業高校の命運が危うい。大阪市立の工業高校は、明治40年に設立された都島工業高に始まり、現在は大正10年開校の泉尾工業高ほか、生野工業高、東淀工業高の四つがあるが、3校は定員割れが続いている。とは言え、工業高の卒業生たちは長年にわたり、大阪の産業を支える人材だった。

 大阪市立高等学校教職員組合の辻本正純・執行委員長は「工業高校は中学生からは人気がないかもしれないが、企業からの求人はいっぱいある。工業高校の生徒たちは物づくりの現場に必要とされている」と話す。

 さらに「大阪市立高校の府への無償譲渡には、府立にしてどんな教育をするのか具体的イメージがない」とし、「府内の工業系の高校は、大阪市立は工業高校、府立は工科高校で、カリキュラムも違う。市立は入学時から電気、機械、建築など専門性が分かれているのに対し、府立は途中から分かれる。大阪市は専門性を重視してそういう運営をしているが、府立になったらどうなるのか。教育内容の基本的なことを後回しにして、府への移管だけが先に決まっているのが一番問題だ」と指摘する。

■移管後の高校像は「これから協議」

 10月2日の大阪市議会「教育こども委員会」でも、この問題が取り上げられた。冒頭「基本的な考え方」として、大阪市教育委員会事務局の山本晋次・教育長は「教育内容は現状のまま移管するのを原則とし、市独自の教育内容は今後、個別に府市で協議して決める」と説明。2022年4月の一括移管に向けて、府市で来年夏ごろに「市立高校等移管計画」を公表し、来年9月の大阪市議会と大阪府議会に大阪市立高校を府に移管する条例改正案を提案するという。

 金子恵美市議(大阪維新の会)が「移管の趣旨と目的」を聞いたのに、市教委の松浦令・教育政策課長は「高校の運営を大阪府に一元化することにより、広域的視点からの効率的、効果的な学校運営を可能とすることで、高校教育の充実を図るのを目的に行うもの」と答弁。続いて金子市議は「今後の生徒数の減少を考えると、高校は統合や募集停止といった再編整備が必要となる。大阪市の高校では工業系の学科の志願状況が厳しい。移管の方針を受けて、(高校再編の)検討はどのように進めるのか」と質問し、市教委の寺本圭一・高等学校教育担当課長は「工業高校は志願者数が大幅に減少し、教育委員会としても再編の必要性は感じている。2022年4月の府への移管に向けて今年7月に府市共同の検討プロジェクトチームを設置し、市立高校の再編整備の方向性を議論して整備することとしている」と述べた。

■大阪市民の巨額財産が「ただで」大阪府へ

 仮に四つの大阪市立工業高校を統廃合したとして、廃校にした高校の土地や建物を民間に売却すれば、その代金は当然ながら大阪市の収入だ。しかし、大阪府に移管した後、統廃合、土地・建物の売却、となれば売却代金は大阪府の収入になる。大阪市の財産台帳によれば、4工業高校の土地価格は計約217億円、建物価格は計約46億円。市立高校21校でみると、土地価格合計は約1294億円、建物価格合計は約245億円。これら大阪市民の財産を、大阪府に「ただであげる」というのが市立高校の府への移管の本質だ。随分と気前のいい話である。

 大阪府知事と大阪市長は2011年11月のダブル選挙以降、「大阪維新の会」幹部のポストになった。「大阪維新の会」の橋下徹・前代表、松井・現代表、吉村・前政調会長の3人で、府知事と大阪市長の椅子をぐるぐる回している。

 吉村知事と松井市長は日頃から「大阪府と大阪市が対立するのではなく、府市一体となって大阪を成長させる」と“仲良し“ぶりを強調しているが、大阪市有財産は大阪市民の財産であって、蜜月関係の首長間で簡単にあげたりもらったりしていいのだろうか。

■根底にあるのは大阪市廃止の「大阪都構想」

 「大阪維新の会」の看板政策は政令市の大阪市を廃止して特別区に分割し、大阪市の財源と権限をごっそり大阪府に委譲する「大阪都構想」だ。2015年5月に大阪市民を対象に行われた住民投票で否決されたが、吉村知事と松井市長は来年秋に2度目の住民投票を行うとし、「大都市制度改革」と称して住民投票に向けた手続きを進めている。

 10月2日の大阪市議会「教育こども委員会」では、大阪市立の高校を大阪府に無償譲渡する方針には慎重論も出た。

 永井啓介市議(自民)は「拙速に移管する必要性があるのか。大都市制度の議論と平行してじっくり検討してもいいのではないか」とし、「子供の数は減少するので、高校の統廃合は間違いなく進んでいく。市立高校の土地、建物は市民の財産だ。それが今後、どのように使われるのかが問題であって、街づくりにも大きな意味を持つ」と述べた。

 長岡ゆりこ市議(共産)も「志願者の減少による統廃合よりも、きめ細かい教育活動のために高校は減らすべきでない。現場への説明もなく、生徒、保護者、教職員の意見も聞かない中で、市長からのトップダウンで議論も十分せずに移管を決めてしまうやり方はあまりにも乱暴だ」と指摘した。

大阪市立の高校を大阪府に一括で無償譲渡する方針について異議を述べる長岡ゆりこ市議=長岡市議提供
大阪市立の高校を大阪府に一括で無償譲渡する方針について異議を述べる長岡ゆりこ市議=長岡市議提供

 長岡市議は「2022年に移管された途端、府は『3年ルール』を適用してバッサリと工業高校の廃校を決めてしまうのではないか」と危惧している。

 大阪市立高校の大阪府への無償譲渡は、「どうせ大阪市は廃止するのだから市立高校は無用」と言わんばかりだ。「大阪市廃止、特別区に分割」の大阪都構想について、大阪市民の意思確認をしたのは2015年5月の住民投票だ。そこで「反対多数」となったのに、その後の府知事選や大阪市長選で「大阪維新の会」が勝利しているからと言って、2度目の住民投票に向けて走りながらその結果も待たずして、「学校」という大阪市の財産を大阪府に移し替えてしまうとは、あまりにも市民置き去りの先走った政策ではないだろうか。

ジャーナリスト、作家

大阪府出身。立命館大学理工学部卒。元全国紙記者。2014年からフリーランス。2015年、新聞販売現場の暗部を暴いたノンフィクションノベル「小説 新聞社販売局」(講談社)を上梓。現在は大阪市在住で、大阪の公共政策に関する問題を発信中。大阪市立の高校22校を大阪府に無償譲渡するのに差し止めを求めた住民訴訟の原告で、2022年5月、経緯をまとめた「大阪市の教育と財産を守れ!」(ISN出版)を出版。

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