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大阪府知事、大阪市長の出直しダブル選挙は統一地方選の選挙戦術。橋下前代表に代わる維新の風となるか

幸田泉ジャーナリスト、作家
法定協議会終了後、記者団に囲まれる松井一郎知事(左)と吉村洋文市長=筆者撮影

 今春の統一地方選挙、大阪ではこれまで11月に行われていた大阪府知事選と大阪市長選が加わる見通しだ。「大阪維新の会」の松井一郎知事と吉村洋文市長は3月中に辞職し、4月7日投開票の大阪府議選挙、大阪市議選挙、堺市議選挙との同日選挙に持ち込むとみられている。

維新と公明のケンカからダブル選挙へ

 両首長そろって任期途中での辞職という話になったのは、大阪都構想のスケジュールを巡る維新と公明党の対立だ。大阪市を廃止して特別区に分割する大阪都構想は、両首長と大阪府議、大阪市議らで構成する「大都市制度(特別区設置)協議会」(通称、法定協議会)で、大阪市を幾つに分割するのかなど基本的な事項を定めた「特別区設置協定書」を仕上げ、府市両議会の議決を経て、大阪市民の住民投票で最終決定する。

 維新は今年度中に特別区設置協定書を仕上げて住民投票の実施に目途をつけ、4月の統一地方選で追い風にしたかったが、公明党大阪府本部は昨年末の維新との会談でこれを承諾しなかった。怒った松井知事は、2017年4月時点で公明党大阪府本部と大阪維新の会との間で、大阪都構想について「(法定協議会において)慎重かつ丁寧な議論を尽くすことを前提に、今任期中に住民投票を実施する」と秘密裡に交わした合意文書をマスコミに暴露。これにより、「約束違反だ」「議論が尽くされていないから違反じゃない」と維新、公明の双方が憤懣をマスコミにぶちまけて対立が表面化した。法定協議会では、早く特別区設置協定書をまとめたい維新に対し、野党会派は議事進行が強引過ぎると抗議。本来の議論はストップし、議事進行に関する非難の応酬になった。

 このような事態の中、浮上したのが「知事と市長の出直しダブル選挙」。選挙経費の節約という理由で統一地方選と同日実施し、4月7日投開票のトリプル選挙にするというものだ。

吉村市長はタウンミーティングで「攻め」の姿勢

 2月中旬に大阪市内で開かれた大阪維新の会のタウンミーティング。登壇した吉村市長は支援者らを前に「公明党と大ゲンカ中の吉村でございます」と自己紹介して会場の笑いを誘い、「本当に腹が立ちますが公明党を信じていくのか、統一地方選挙で勝負をかけるのか、今、見極めているところです。3月上旬か中旬には最終判断します。もう少しお時間をいただきたい」と辞職のタイミングを述べた。

 維新が出直し選挙について「勝負に出る」と攻めの姿勢を強調するのは、カラクリがある。今春の統一地方選は、客観的に見れば維新にとって「守り」の選挙戦だ。しかし、「改革の志士」を標榜する維新に「守り」は似合わず、ファイティングポーズを取り続けなくてはならない。

 大阪都構想を掲げて2010年に旗揚げした大阪維新の会は、2011年、2015年の統一地方選で議席を大量獲得し、現在、大阪府議会、大阪市議会、堺市議会でいずれも過半数はないが第1党の座にある。2011年末からは大阪府と大阪市で首長ポストを抑え、この7年間、支持層を固めてきた。しかし、国政選挙の得票状況などを見れば、次の統一地方選で維新勢力に伸びしろはない。今が飽和状態であり、現有議席が維持できるかどうかすら危うい。

 これまでの統一地方選挙では、「大阪維新の会」の創設者である橋下徹・前代表の人気と発信力が維新旋風を巻き起こした。だが橋下前代表は、2015年5月に大阪都構想が住民投票で否決された責任を取ってその年末に政界を引退。維新にとっては橋下前代表という世に風を起こす強力な扇風機がない初めての統一地方選で、下手をすれば得票がガタ減りする可能性もある。

 何とか風を吹かせるには、「今度こそ大阪都構想の実現が目前です」と有権者に訴える方法があるが、自民党、共産党は大阪市を廃止する大阪都構想反対で一貫しており、「2015年5月の住民投票で決着済み」との立場。維新は公明党を味方に付けなければ特別区設置協定書をまとめられないし、大阪府市両議会で可決できない。そこで、昨年末から公明党と交渉を始めたところ、協力は得られなかったというわけだ。

出直し選挙は党利党略の選挙戦術

 結局、昨年末からの騒動は、維新の扇風機作戦の第1案が思い通りにならなかったので、「知事、市長の出直しダブル選挙」という第2案に移行したに過ぎない。第1案に応じなかった公明党との対立を、「戦う維新」のポーズとともに第2案に結び付けているだけだ。

 日頃から大阪の政局、政策についてフェイスブックなどで熱心に発信している自民党大阪市議団の川嶋広稔市議は「松井知事と吉村市長が辞職して出直しダブル選挙に踏み切ることそのものが、統一地方選で維新候補者を有利にしようという選挙戦術だ。首長選挙は現職有利が常識だし、マスコミに頻繁に登場して知名度が高い2人が府議や市議と一緒に選挙戦を戦うことで、維新の票を押し上げる効果がある」と指摘する。

 さらに川嶋市議が「完全に市民不在の党利党略だ」と批判するのは、松井知事と吉村市長が記者会見で「辞職して出直し選挙をするのも方法の一つ」などともったいぶった言い方でマスコミを引き付け、その結果、テレビや新聞に頻繁に登場しつつ辞職するタイミングをずるずると後ろに引っ張っていることだ。「現職が辞めて選挙になると決定しない限り、野党は対抗馬を立てられない。投開票日までの日程が短ければ短いほど知名度のある現職が有利になる。対抗馬は有権者に政策を周知したくても、短期間の間に顔と名前を知ってもらうだけで必死にならざるを得ない」

 大阪府知事、大阪市長選を4月7日投開票の統一地方選と同日実施するならば、3月21日と24日が告示日だ。「3月半ばに知事と市長が辞職して選挙が決まったら、告示まで数日しかない。松井知事と吉村市長は、飛んでもない有名人が対抗馬に出てこない限り安泰だと現職の座に胡坐をかいて、自分たちのペースで選挙戦を進めようとしている」と川嶋市議は言う。

最も大きな損失は市民の政治不信

 その知事、市長の出直しダブル選挙だが、松井知事の任期は今年11月、吉村市長は今年12月。出直し選挙で任期は変わらないので、仮に当選しても今年11月にまた選挙となる。「選挙ばっかりして税金の無駄遣いだ」との批判を受けないよう、松井知事が大阪市長選に出馬し、吉村市長が知事選に出馬する「タスキ掛け選挙」になる見通しだ。まるで維新政治家たちの「人事異動」である。

 維新1期生の大阪市議だった吉村市長は1期目の途中で衆院選挙に出馬し、小選挙区では落選したが比例区で復活当選、それからわずか1年弱で大阪市長になった。今度は大阪市長も任期中に辞めて知事になるという。短期間で順調に出世していると言えばそうだろうが、橋下前代表、松井知事ら維新の旗揚げメンバーにただ駒として使われているようにも見える。

 前述の川嶋市議は「権力争い、議席争いに、市民の政治不信を招くのを最も危惧する。不信感を持たれてしまったら、政治家がいくら政策の是非を発信しても市民の心に届かなくなる」と怒り心頭だ。市民が政治に対して心にシャッターを下ろしてしまうのが、大阪の本当の損失に違いない。

ジャーナリスト、作家

大阪府出身。立命館大学理工学部卒。元全国紙記者。2014年からフリーランス。2015年、新聞販売現場の暗部を暴いたノンフィクションノベル「小説 新聞社販売局」(講談社)を上梓。現在は大阪市在住で、大阪の公共政策に関する問題を発信中。大阪市立の高校22校を大阪府に無償譲渡するのに差し止めを求めた住民訴訟の原告で、2022年5月、経緯をまとめた「大阪市の教育と財産を守れ!」(ISN出版)を出版。

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