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1~3月期の金価格の値動きから、年末までの金相場が見えてくる

小菅努マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

COMEX金先物相場は、昨年12月31日の1オンス=1,181.40ドルをボトムに、今年3月17日には1,392.60ドルまで累計211.20ドル(17.9%)もの急伸地合を形成し、マーケットでは金価格の底打ち論も頻繁に目にするようになった。しかし、足元では3月24日の終値が1,311.20ドルに達するなど過去1ヶ月の上げ幅をほぼ完全に相殺する値動きになっており、再び金価格に対して弱気見通しも勢いを増し始めている。

まずは前提知識として年初からの金価格急騰のロジックを読み解いてみるが、基本となるのはコモディティ価格の急騰である。北米の寒波、南米の旱魃といった異常気象に加えて、ウクライナ情勢を巡る地政学的リスクを背景に、エネルギーや食品価格を中心に商品市況は急騰地合を形成している。指標となるCRB商品指数の場合だと、1月9日には一時272.04ポイントまで低下していたのが、3月7日には308.38ポイントまで急伸している。

これは、金価格が一定であれば金の購買力が喪失されることを意味し、そのバランスを修整する動きが、金価格急騰の原動力であったと考えている。要するに、「通貨としての金」の商品購買力を一定に保つ力が、金価格急騰を招いたとみている。実際に、金価格とCRB商品指数の値動きはほぼ一致しており、金価格を取り巻く基本環境が大きく変わったというよりも、異常気象や中国の信用不安、ウクライナ情勢などの一時的要因に反応しただけの可能性が高い。米ゴールドマン・サックス・グループが「transient(一時的)」要因と評価しているのは、このことである。

ただ、より大きな視点で金価格を考えると、米金融政策が正常化に向かう流れを織り込んだか否かというのも大きなテーマになり得る。2008年以降の金価格急騰は、概ね米連邦準備制度理事会(FRB)のバランス・シート(=ドル供給量)拡大に連動した動きになっているが、昨年の金価格急落はこの量的緩和政策(QE)がピークアウトするとの見方を先取りした動きと評価できるためだ。

このため、金価格の強気派は「昨年の金価格急落で、QE終了は織り込んだ」とのロジックを構築する一方、弱気派は「まだ金融政策正常化の動きは織り込んでいない」とのロジックを構築している。

■金価格の底打ち論が見落としていたこと

この議論は、幾つかの指標で検証することが可能であるが、3月18~19日の米連邦公開市場委員会(FOMC)後の金価格急落を受けて、強気派のロジックが疑問視されているのが最近の金価格急落の背景だろう。

米金融政策に関しては、最大時で月額850億ドルまで膨れ上がった資産購入を、いかに中止していくのかが最大の関心事になっていた。しかし、同FOMC後の記者会見でイエレンFRB総裁が具体的な利上げスケジュールにまで言及すると、金価格は大きなダメージを受けることになった。

議長は、今秋までに資産購入を停止し、その後は「相当の期間」をおいて利上げに踏み切るとの見通しを示している。この流れ自体は、バーナンキ前FRB議長時代の路線と大きな変化はないが、更に踏み込んでこの「相当の期間」とは6ヶ月程度を指すと発言したことがマーケットに大きな衝撃を及ぼしている。この発言を素直に読み解けば、今秋に量的緩和を終了、そして15年の比較的早い時期に利上げという流れになる。もっと単純化すれば、1年後には利上げが行われるというのが少なくとも現時点でのイエレン議長の見通しであり、マーケットは金利上昇というQE終了後の金価格に対する強力な逆風の存在に驚いたのである。

この辺は当然の流れだと思われるが、金価格の反応の強さを見る限りは、金融政策正常化の流れはまだ完全には織り込まれていなかったと評価せざるを得ない。QEという短期スパンでみていた一部市場関係者は、利上げという伝統的な金融政策の転換が迫っていることにまで十分に配慮していなかった模様だ。

もちろん、金利上昇圧力を上回るペースでインフレ率が上昇すれば、抑制された実質金利が金価格の上昇を支持する可能性もある。必ずしも、「利上げ=金価格の下落」ではない。ただ、足元では先進国がインフレよりもディスインフレの懸念に怯えているのは明らかであり、実質金利の面でも金価格に追い風が吹くにはまだ時間が要求されることになる。

もちろん、原油や穀物価格が更に急騰すれば、金価格には上昇圧力が強まる余地はある。特に、継続的なインフレ圧力にまで発展すれば、インフレ指標である金価格にとっては強力なサポート要因になり得る。

しかし、緩和プレミアムの剥落という大きな流れが続く限りにおいては、少なくとも金価格が他コモディティ価格のパフォーマンスを上回ることは難しい状況が続くことになろう。足元で、金価格と他コモディティ価格との比価が急低下していることは、改めて緩和プレミアム剥落を進める動きが強くなっていることを明確に示している。

■現物買いが再開されるも

今後は、2~3月にかけて高値を嫌って買い付けを見送っていた現物筋の買いが、極めて強力なサポート要因になるだろう。既に、上海金価格にはプレミアム加算の動きが強くなり始めており、1,300ドル割れからは現物市場の需給引き締め圧力が強まるのは必至である。

しかし、レバレッジを効かせた欧米投機売りが断続的に継続する中、需要家が「安値慣れ」を迫られるステージは続くとみている。足元では1,200ドルが割安と評価される水準になっているが、つい1年前のその価格は1,500~1,600ドル水準であったことを思い返したい。

利上げカードを切った後は、世界経済の回復と連動してインフレ圧力が強まれば、金価格は底打ちに向かおう。産金会社が生産コストの引き下げに尽力しているとは言っても、1,000~1,100ドルの水準は中長期にわたって維持することは不可能である。ただ、現時点での金融政策環境、インフレ環境を見る限りは、トレンドは依然として下向きとみておくのが妥当と考えている。

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マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

1976年千葉県生まれ。筑波大学社会学類卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人、メディア向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト。コモディティレポートの配信、寄稿、講演等のお問合せは、下記Official Siteより。

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