Yahoo!ニュース

供給不足でも上がらないプラチナ価格の謎

小菅努マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

英貴金属大手ジョンソン・マッセイ社が11月12日に発表した「Platinum 2013 Interim Review」では、プラチナ需給が2012年に続いて、13年、更には14年も供給不足状態が続くとの悲観的な見方が示された。しかし、ドル建てプラチナ相場は11年8月の1オンス=1,918.50ドルをピークに足元では1,300~1,500ドル水準まで値位置を切り下げており、供給不足環境・見通しに逆行する形で値下がり傾向が強くなっている。

通常の経済理論だと、供給不足状態に陥ったコモディティ価格は値上がりするのが一般的な理解である。供給不足状態を解消するには、「供給を増やす」か「需要を抑制する」ことが必要であり、そのためにはコモディティ価格の値上がりが必要とされるためだ。

しかし、プラチナ相場に関しては2年以上にわたって、需給逼迫化にもかかわらず値下がりが進む珍しい相場環境になっている。円安の恩恵を受けている円建てプラチナ相場は総じて高値圏で推移しているが、それでも1グラム=4,000~5,000円の値位置は10~11年の価格水準を回復したに過ぎず、供給不足環境が続くコモディティ価格としては低調な値動きと評価せざるを得ない。

■過去最大の需要に供給が追い付かない

2013年のプラチナ需要は前年比+39.0万オンスの842.0万オンスが見込まれており、過去最高を更新する見通しになっている。リーマンショック直後の09年には679.5万オンスまで需要が落ち込んでいたが、その後は世界経済の回復傾向と連動して、プラチナ需要環境の改善も促されていることが明確に確認できる。

一般的には、プラチナというと宝飾品のイメージが強いかもしれない。しかし、実際には自動車の排ガス触媒や、工業用プラントの触媒といった工業関連需要が総需要の半分程度を占めていることで、景気動向との連動性が極めて強いためだ。13年に関しては、南アフリカで新規に立ち上げられたプラチナ上場投資信託(ETF)が機関投資家の投機需要を集めたという特殊要因もあるが、それを考慮に入れても堅調な需要環境にあることは明らかである。

一方、13年のプラチナ総生産高は前年比+9.0万オンスの574.0万オンスが見込まれている。一応は前年比でプラスとなっているが、12年は最大生産国である南アフリカの労働争議でプラチナ生産が壊滅的な被害を受けた年であり、実質的には1年が経ってもプラチナ生産能力の回復は十分に実現していないことが確認できる。ちなみに、11年の生産水準は648.5万オンスであり、過去最高を記録した堅調な需要に供給環境が対応できない構図が明確に確認できる。

このまま世界経済の回復が順調に進むことを前提にすると、来年の白金需要も総じて堅調に推移する可能性が高く、鉱山会社に対する増産要請圧力は一段と強まるのが必至の状況にある。しかし、南アフリカでは労働環境の悪化に加えてプラチナ価格の低迷もあって、採算性の低い鉱区閉鎖の動きが強く、11年の生産水準に回帰できる可能性は殆ど存在しない。隣国のジンバブエで増産圧力が確認されているが、同国のプラチナ生産規模は南アフリカの1割程度に過ぎず、南アフリカの生産不振のダメージをカバーするのは不可能である。

画像
画像

■本当は値上がりが必要だが・・・

この問題の解決は簡単であり、プラチナ価格さえ値上がりすれば、問題の大部分は一気に解消することになる。現在の値位置では、プラチナ鉱山会社の収益環境が厳しい状態にあることで、供給不足が決定的ながらも、鉱山会社は新規鉱区の開発や生産体制の拡大に慎重姿勢を崩していない。しかし、プラチナ価格さえ値上がりすれば、労働争議のリスクを考慮に入れても、増産という選択肢が浮上するためだ。

このためプラチナ価格の値上がりは必至と言われ続けており、特に需給動向を詳細に分析しているプラチナ相場のプロフェッショナルは、総じて強気の相場見通しを有している。しかし現実のプラチナ相場は09年後半以来の安値圏まで値下がりしており、各種投資銀行などは価格見通しの改定のたびに下方修正を迫られている。

その背景にあるのは、「プラチナの貴金属性」になるだろう。純粋にプラチナ需給のみを見ていれば、現在の1,500ドル前後の価格水準はバーゲン価格といっても過言ではない程に魅力のある安値である。しかも、現在は南アフリカで賃金交渉が難航していることで、再び突発的な供給障害に直面する可能性さえ否定できない。

ただ、価格連動性のある金価格が金融緩和縮小に対する警戒感から軟調地合を強いられる中、同じ貴金属カテゴリーにあるプラチナ相場のみが、幾らタイトな需給環境・見通しにあると言っても独歩高となることは難しい情勢になっている模様だ。即ち、プラチナ需給よりも金価格との連動性が重視されているのが、供給不足でもプラチナ価格が値上がりしない背景だと考えている。

金価格との関係性を完全に断ち切ることができるまでは、「金価格との比較では底固い」といった消極的評価に留めておくことが必要かもしれない。

画像
マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

1976年千葉県生まれ。筑波大学社会学類卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人、メディア向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト。コモディティレポートの配信、寄稿、講演等のお問合せは、下記Official Siteより。

小菅努の最近の記事