間もなくスタート!「Apple Music」と音楽配信の行方

筆者撮影(イメージ)

アップル社の音楽聴き放題サービス「Apple Music」の登場で、音楽配信に再び注目が集まっている。

「Apple Music」の発表内容を見る限り、サービスや機能については、目新しさや決定打に欠けるとの見方が多いようだ。

しかし、オーディオ機器メーカーやシリコンバレーのベンチャー企業などに在籍し、音楽配信の創生期から関わってきた筆者の感想としては、アップルが単に1つの配信事業者として業界に加わるだけとは思えない。アップルはきっと、文化や暮らしを変革するような志を持ち、それを実現するためのパーツの1つが、「音楽配信」と思えるのだ。

ここでは、「Apple Music」と音楽配信の行方を占ってみる。アップルの野望、そして未来のリスニングスタイルとは?

■そもそも「Apple Music」とは?

本題に入る前に、未だ「Apple Music」をご存じ無いという方のために、簡単に「Apple Music」の概要と、音楽配信業界のトレンドを紹介しておこう。

「Apple Music」は、サブスクリプション型と呼ばれる聴き放題タイプの音楽配信サービス。月額US$9.99相当を支払えば、登録されている3,000万曲の中から、好きな曲を選んで、何曲でも何時間でも聴くことができる。但し、ストリーミング形式で手元に音源データは残らないので、月額支払いを止めると、音楽は一切聴けなくなる。従前のiTunesに代表されるダウンロード形式とどちらが良いかは、ユーザーの考え方次第と言え、アップル社は引き続きiTunesのサービスも提供する。

全世界的には、ダウンロード型からサブスクリプション型へと急速に移行しており、その代表格としてSpotifyが有名だ。

日本ではレコチョクの「レコチョクBest」や、エイベックスなどによる「AWA」が先行してきたが、マイナーな存在だった。ところが、6月に「Apple Music」の発表と「LINEミュージック」のサービス開始により、サブスクリプション型サービスが脚光を浴びる。日本市場参入を準備してきたSpotifyも年内に稼働するのは必至だ。2015年は後に、「日本サブスクリプション元年」と呼ばれることになるだろう。

■Apple Musicのポイント

音楽の流通がサブスクリプション型に移行するのは間違いないだろう。Spotifyなど競合が先行するなか、アップルに勝算はるのだろうか?

「Apple Music」の発表時点での新基軸は、「人」の介在だ。数千万曲から聴き放題のサブスクリプション型サービスにおいては、「新しい音楽との出会い」が差別化のポイントと考えられる。いくら沢山の曲が用意されていても、ユーザーが好みの曲を自分で選択していては面倒だし、いつも同じ曲を聴くならダウンロード型の方が経済的だ。

数ある聴き放題サービスの中からユーザーに選択され、そして継続して利用してもらうためには、相応の楽しみ、つまり、「新しい音楽との出会い」が生命線である。

この点において、従前のサブスクリプションサービスも工夫を凝らしてきた。人気ランキングに加え、ユーザーの再生履歴を分析したお薦め機能や、ラジオ風にいくつかカテゴライズされたチャンネルを選ぶと音楽が次々と流れてくる機能などだ。しかし、現時点で機械的な処理は充分と言えず、しっくりこないのが実情である。ロボットと会話が成り立たないような感覚と言えば良いだろうか。

一方、「Apple Music」の自動プレイリスト作成機能「For You」は、自動分析をベースに、音楽のエキスパート、つまり「人」がプレイリストの作成に手を加えると言う。サービスが始まっていない現時点で完成度は測りしれないが、試みとしては画期的だ。

また、「Beats1ラジオステーション」というネットラジオサービスを設け、ロンドン、ロザンゼルス、ニューヨークという音楽の最先端都市から、カリスマ的な音楽リーダー、つまり「人」が24時間ノンストップでラジオ放送を行う。時にはアーティストをゲストに迎えるなど、オリジナリティーの高い番組を制作する予定だという。

他にも、アーティスト毎のファンページ機能「Connect」も新機軸で、アーティスト自らが投稿し、ユーザーがコメントできるという。SNS感覚の双方向性やつながり感は、やはり「人」の介在がポイントで、新しい楽しみになるかもしれない。

余談だが、今あなたが好きな音楽は、テレビ番組やCMのテーマソングとして何度も繰り返して聴いたもの、ラジオでDJがエピソードを交えて紹介したもの、好きな友達が聴いていたもの、あるいは雰囲気の良いレストランのBGMだったかもしれない。そうして絞り込まれた音楽に触れているうちに「気づき」が生まれ、自分の好みが分かってくるものだ。

ユーザー各自の好みを把握し、さらにインターネットの双方向コミュニケーション機能を利用すれば、新しい「気づき」が加わるに違いない。

■「Apple Music」の行方

サブスクリプション型サービスの可能性と、「Apple Music」のアドバンテージは以上の通りだが、これだけでは冒頭に述べた通り「Apple Music」が飛び抜けて優れているとは言い難い。また、競合各者が似たような、あるいは、より優れたサービスを生み出すのも時間の問題だろう。

筆者の見立てでは、アップルが単に競合に競り勝って、配信ビジネスで利益を上げたいだけとは思えない。最終目標は何だろうか?

トレンド情報を総合すると、ウエアラブルや自動車との融合が浮か上がってくる。

そう、ウエアラブルと言えば、Apple Watchが伏線だ。歩数や心拍数を利用すれば、ユーザーが走っているのか歩いているのか、緊張しているのかリラックスしているのか、状態を詳しく知ることができる。自動車分野では、自動運転の研究も進み、通信機能を持つiPhoneがハブとなる。車と連携すれば、走行している場所、スピード、渋滞の有無なども的確に把握できるし、ネット上の情報や、車載カメラの映像を統合して天候や景色も正確に判断できるだろう。

例えば、湘南あたりで海岸が見えて来たら・・・というシーンを想像してみよう。サザンオールスターズの曲のうち何か・・・というベタな選曲は、GPSの位置情報を利用すれば簡単にできる。

しかし、これを一歩進めれば、毎朝の通勤で通過するオジサンには元気が出そうな「渚のシンドバッド」を、夕暮れ時にドライブを楽しむカップルにはしっとりしたバラード「真夏の果実」をと鳴らし分けてくれればプラスだろう。車速や心拍数にシンクロする曲が選ばれればなお心地良いに違いない。究極的には、いつもユーザーの視界や心情にぴったりの曲が流れ、日常の風景が、映画のワンシーンのようにドラマチックに仕立てられれば、きっと素敵だろう。

こうした新たな音楽との出会いは、高い確率で「好きな音楽」にもなり得そうだ。

生活と音楽の融合が次の次元に進めば、文化の向上にも寄与するだろう。もちろん、音楽を聴く人口が更に増え、「Apple Music」のユーザーが増えれば、アップルの利益も爆発的に押し上げるに違いない。

■空想ではない未来

ここで紹介した筆者の見立ては、空想のような予測かもしれないが、そうとも言い切れないのは、アップルの過去の実績だ。

かつてアップルは、音楽の流通をCDからインターネット配信に転換する切っ掛けを作った。まさしく音楽配信の雄であり、リスニングスタイルの変革者だ。

当時、大手電機メーカーは、配信における違法コピーの防止を目的とした著作権保護の枠組み作りや技術開発に腐心しているなか、アップルは著作権者との話し合いにより、コピーを許容するiTunesを独自に立ち上げて成功を収めた。

ユーザー目線で本質を突き詰め、理想を成し遂げるために新しい枠組みゼロから作る開拓者精神と労を惜しまない姿勢に感服するとともに、競争軸が「技術&ハードウェア」から「アイデア&ソフトウェア」へと大転換したことを示す、歴史的出来事だったと思う。

スティーブ・ジョブズ氏が去ってから、アップル社の製品に若干の妥協が見え隠れする部分もあり、筆者の予想は空想で終わるかもしれない。しかし、アップル社には、単に競争の勝者となるだけでなく、新しい文化の創造に寄与してくることを願わずにはいられない。

間もなくスタートする「Apple Music」の展開を、期待を持って見守りたい。