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“マスク美人”のプレッシャー、表情を読み取られる不安……マスクの下で揺れる思い

近藤須雅子美容エディター・コラムニスト
写真:Beijing View Stock Photo/アフロ

 コロナ禍でマスクを着用する機会が増えて以来、SNSで目立つのが“マスク美人”“マスクイケメン”や“マスク詐欺”というツイート。“マスクをしていると実際より美男美女に見える”“詐欺レベルに美しくなる”というのだ。「小顔に見えてラッキー」といったカジュアルな反応も多い一方、“マスク美人”などと言われることへのプレッシャーを感じる声もある。

 こうしたSNSでの反応やアンケート調査、美容クリニックの動向などを見てみると、マスクを外すことへの抵抗感や、この先もマスク生活を続けたいと考える人たちの複雑な思いが浮かび上がってくる。

誰もが認める美男美女も

マスクをとるとがっかり?

 ビューティの世界では、「マスクをしていると、美しく見える」はごく当たり前の常識。メイクをしていれば、なおさらだ。それには大きく2つの理由がある。

 第一に、マスク着用時は鼻筋や輪郭ライン等、造作の美醜を左右する要素がすっぽり覆われ、マイナス要素も見えなくなるため。骨格の印象はメイク等でコントロールするのが難しい(鼻筋強調や小顔メイクは、下手をするとデーモン閣下だ)ので、このマスク効果は大きい。そのうえ、他者は隠れている部分を、ともすれば自分の好みの想像で補うので、ますますその人好みの美男美女になる。

 第二に、マスクから唯一出ている目もとはメイク効果がもっとも高く、印象を大きく変えることができるため。眉メイクやアイメイクを駆使すれば、別人のように美しく見せることも可能なのだ。

 ここに前述の見る側の好みや勝手な期待が加わり、勝手に絶世の美貌を思い描かれることも。その結果、誰もが認める美男美女でさえ、「マスク着用時に比べれば、実物はイマイチ」と汚名を着せられることもありえる。

 多くの人はこのカラクリを承知しているようで、“マスク美人”や“マスク詐欺”のツイートも、「美男美女が増えてうれしい」、「(相手が)マスクを取ったら、予想外れでしょぼん」、「(自分が)小顔に見えてラッキー」といった他愛ないものが散見される。

 その一方、自分自身が“マスク美人”“マスクイケメン”でなくなることを怖れる書き込みも。実生活では、多くの人が「早くマスクが取りたいね」と言い交わしているのを尻目に、“マスクを取りたくない派”は少なくないようだ。

「欠点カバー」「笑わなくていい」

マスクにメリット

 折しも、美容誌『VOCE』(講談社)が、10月にマスク着用について緊急読者アンケートを行ったところ、10~50代の72人の読者が参加されたとのこと。

集計結果によると、マスク着用にメリットを感じている人は90%以上もの高率。その理由も“欠点カバー”をはじめ“表情を読み取られない”、“笑わなくていい”という、なかなかにシリアスなものだ。

画像制作:Yahoo! JAPAN
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「肌が荒れる、無表情になって口もとのたるみが進んだとマスクのマイナス点を挙げながらも、顔を隠すことにこんなにメリットを感じたり、メイクを負担に思うことがあるなんて、美容の意味はなんだろうとあらためて考えてしまいますね」とVOCE遠藤友子編集長も予想外の結果だという。

 マスク着用をきっかけに美容医療施術を検討している人も、約4人に1人。特に、マスクで隠れる鼻の美容外科手術と歯列矯正を検討中との回答が、各2件ある。

画像制作:Yahoo! JAPAN
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コロナ禍初期は二重手術が急増、

現在は鼻の手術もじわりと増加傾向に

 実際にマスク生活がきっかけで、手術を受けるケースは増えているのだろうか。

 日本美容医療協会理事であり、鼻の形成外科手術の名医としても知られるドクタースパ・クリニック 鈴木芳郎院長によると「マスク着用が日常化した昨年の初めは、若い女性を中心に二重の埋没手術が急増しましたね。現在もその流れは続いていますが、鼻の手術は特に増えてはいません」と言う。

 自由が丘クリニック 形成外科・美容外科 兵頭徹也副院長も「コロナ禍の初期は目もとの手術が増えましたね。特に若い方は二重手術を希望される方が多く、また眉間のシワが気になるからとボトックス治療の件数も増えました」と、目もと施術の増加を示唆する。

 一方、鼻の外科手術は、数万円から10万円程度の費用で数十分ですむ簡易な二重手術に比べ、30万円程度からと高額。術後の腫れ等のダウンタイムも長い。そのため、もともと希望者は二重手術とは比較にならないほど少なく、マスク生活とはいえ、激増することはないようだ。特に、先のドクタースパ・クリニックや自由が丘クリニックのように年齢層が高めのセレブ系クリニックでは、その傾向が強い。

 それでも、手術費が30~40万円程度と比較的安価で、20~30代の若い患者さんが多いくさのたろうクリニックでは、

「もともと、うちのクリニックは鼻の手術を希望する患者さんが多く、マスク生活になってからも激増というわけではありませんが、確実に増えています。目もとの手術も増えたのですが、鼻に関する手術が増えたのは実感していますね」(草野太郎院長)

 先の自由が丘クリニック兵頭副院長も、

「鼻や口もとの正中部分の手術を希望される方は、悩みが深い場合が多く、マスク着用がきっかけでカジュアルに“鼻を治そう”という方はほとんどおられません。ただ、以前から鼻や口もとにコンプレックスを抱いていたのが、マスク着用に背中を押されて手術を考えるようになった、というケースはあるようですね。実際、カウンセリングの希望は増えました」と、潜在的な希望者増を認めている。

コロナ禍が落ち着いても

8割の人はマスクを着用予定

 コロナ禍の意外な影響には驚かされるばかりだが、やはりいちばんの驚きは、マスク着用をそれなりに心地よく感じている人の多さだろう(VOCE調査では約93%)。

 株式会社プラネットが今年3月に行ったマスクに関する意識調査(回答数4,000人)によると、「新型コロナウイルス感染症が落ち着いたら、マスクは身につけたくない」という人は、全体の16%弱。大多数の人が、条件付きではあれ「身につけようと思う」と答えている。SNSを覗いても、「マスク取りたくない」のツイートは少なくない。

 マスク着用を続ける理由は、感染のリバウンド予防のためがメインだと予想できるが、こうした調査結果やSNSのツイート、美容クリニックの動向から透けて見えるのは、「顔を隠したい」、「表情を読み取られたくない」という他人の視線や対人関係への不安だ。

写真:Beijing View Stock Photo/アフロ
写真:Beijing View Stock Photo/アフロ

 そんな心の状態に対して、対人不安や摂食障害のセラピーをはじめ、カウンセリングとヨガによるメンタルヘルスを提供するこころとからだクリニカセンター 森川那智子所長は、「コロナ禍前でも、日本では外出するのも怖いけれど、イスラム圏に旅行したら顔を隠せて、居心地がよかったという女性がいらっしゃいました。人と接するときに、マスクが鎧のように自分を守ってくれると感じ、安心できるというわけですね。これは特別な感情ではないし、共感される方は多いのではないでしょうか」と語る(*1)。

「自分の気持ちや考えが外に漏れ出て、まわりの人に知られているのではないかという怖れ(自我漏洩不安)は、特に若い方に多く、その不安をマスクがやわらげてくれることもあるのでしょう。実際、以前は自宅にこもりがちだった学生が、マスクのおかげで外出できたり、顔を出さないリモートクラスのおかげで授業に参加できるようになった、というケースも少なくないのです」(森川所長)

マスクは鎧……究極の個人情報、

顔や表情を覆い守ってくれる

 マスクの着脱を繰り返し、リモート会合の画面では他者と並んで映る等、否応なしに容姿を意識させられた、この2年。40~50代の男性でさえ、これまで気づかなかったシミやシワにたじろぎ美容クリニックに駆け込んでいるのだから、社会生活に慣れない若者たちだってマスクの陰に避難したくもなるだろう。ましてや、子供の頃から電話にでても先に名乗らない(セールスや悪意のある他者に名前を教えることになる)、知らない人とは話さない、と他者を避けることを学び、巣ごもり生活で通学も通勤も制限された10~20代が、究極の個人情報である顔をさらすことにさまざまな不安を抱えるのは当然といえば当然だ。

 かつては化粧やビジネススーツ、ブランド品で身を固め、自我を守る(封じ込める)こともできたけれど、現在のトレンドはナチュラルメイクにカジュアルファッション。ほぼすっぴんに丸腰状態で社会に向かい合う毎日だ。その厳しさとしんどさを、図らずもマスクが気づかせてくれたようだ。

 いずれマスクを外して街を歩けるようになっても、あえてマスクをし続ける人は予想外に多いかもしれない。

*1 イスラム圏では、自身の選択でジルバブを着用している女性も多くいる一方、意に反して着用を余儀なくされている女性がいる、というのも現実だ。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

美容エディター・コラムニスト

美容・ヘルスケアを中心に、容姿・モード・肉体をめぐるモノやコトがテーマです。『VOCE』(講談社)、『Precious』(小学館)等、女性誌を中心に活動。主な著書に、『9割の人が間違っている化粧品「効きめ」の真実』、『プチ整形の真実』(講談社)等。

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