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ジャムシディとヤクチャリが語るイランのバスケ事情。「Window4の日本戦は今年最大の重要な試合」

小永吉陽子Basketball Writer
イラン代表の顔である2人。左:モハマッド・ジャムシディ、右:ベナム・ヤクチャリ

8月25日、ワールドカップ予選Window4で対戦するイランは、近年強化試合で対戦する機会が多く、日本と縁があるチームだ。今年も8月中旬に仙台市のゼビオアリーナにて国際強化試合を2戦行った。そのイラン代表の顔であるモハマッド・ジャムシディとベナム・ヤクチャリの2人に帰国直前にインタビューを行った。

今回、イランが来日した目的は若手の強化にあった。サイード・アルマガーン ヘッドコーチは「新人選手を多く起用し、過去の歴史にとらわれず、新しい風を吹き込みたい」と語っていたが、若手という表現ではなく、あえて「新人」という言葉を選んでいたのには理由がある。今回来日したメンバーは、仙台での強化試合が初代表戦という選手が7名もいる若いチームだったのだ。

ここ数年のイランは、キャリア豊富な選手たちを擁してアジア上位に君臨していたが、世代交代という大きなテーマを抱えていた。その状況を2009年からコーチングスタッフとして携わるマーラン・アタシ コーチは「これまでは世代交代がなかなか進められずにいたが、連盟(協会)の会長が変わったことで、若手をどんどん起用して育てようという方針に変わりました」と語る。その新会長とは、2007年のアジア選手権(現アジアカップ)で初優勝したときのメンバーであるジャヴァッド・ダヴァリ。自身がアジアの壁を突破してオリンピックへ導いたように、イランは今、新時代を見据えて一歩を踏み出したところだ。

来年のワールドカップに向けて開催地枠を持っている日本だが、イランはカザフスタンによもやの2連敗を喫したために、ここからの2次ラウンドは負けられない戦いが続く。イランの現在地と、テヘランで行われるワールドカップ予選Window4の日本戦の重要性について、ジャムシディとヤクチャリに聞いた。

インタビュー・写真/小永吉陽子

取材協力/イランバスケットボール連盟

ようやく動き出したイランの世代交代

――今回、仙台で日本と2試合戦った手応えを聞かせてください。

GAME1 日本 82-77 イラン

GAME2 日本 80-58 イラン

ジャムシディ 2試合ともタフな試合でした。日本は本当にいいチームで、尊敬に値するチーム。八村(塁)選手や渡邊(雄太)選手がいなくても戦えるチームになっていて、とても成長を感じます。僕たちは自分とベナム(ヤクチャリ)だけがAチームで、あとは国際大会の経験の少ない選手やBチームの選手が来日しました。とくに若い選手たちを大勢日本に連れてきたので、経験を積めたことが収穫。1戦目はクロスゲームでもしかしたら勝てたかもしれないし、2戦目はオフェンスが悪かったので勉強になりました。

ヤクチャリ 日本はすごくいいチームですね。ヘッドコーチが変わり、トランジションが速くなりました。若い選手も出てきています。僕たちは移動があって疲れていたけれど、結果的に日本と2試合できたことはすごく良かった。今回は若い選手たちを連れてきたけど、彼らは経験のない選手ばかりだったので、とてもいい経験になりました。

――日本代表で気になる選手はいますか?

ジャムシディ みんなですね。八村選手ともプレーしたことありますが、八村選手を止めるのは難しかった(2018年9月のワールドカップ予選)。渡邊選手、比江島(慎)選手、馬場(雄大)選手、富樫(勇樹)選手も素晴らしいプレーヤー。アジアカップではシューターの須田(侑太郎)選手が良かったですね。みんないい選手なので、名前も特徴もわかっています。

ヤクチャリ 僕も日本の選手のことはほとんど知ってますが、みんないい選手だと思います。富樫選手は自分と同じ世代で好きな選手。渡邊選手や馬場選手も同世代でアンダーカテゴリーでも対戦しました(2012年U18アジア選手権)。八村選手とはまた対戦してみたいですね。その中で自分がいちばん好きなのは、独特なプレーをする比江島選手です。

――今回の来日で若手を連れてきたように、イランはようやく世代交代を進めたように感じます。実際のところ、イランが直面する課題は何でしょうか?

ジャムシディ 選手はみんな年を取っていくもの。イランのいいジェネレーションはそろそろ終わりに近づいてきているので、次の世代のことを視野に入れていくことが課題です。ただ、世代交代はナショナルチームの主力が一気にごっそりと抜けるよりも、主力が2、3人辞めて、新しい選手が2、3人育って入ってくるように、徐々に変わっていくのがベスト。今回選ばれた若い選手たちはポテンシャルが高いので、日本に連れて来て経験をさせています。彼らには将来のイランを担っていく選手になってほしい。

ヤクチャリ 日本も若い世代が入ってきていますよね。イランも7、8年くらい前に僕ら若い世代を主力チームに入れて世代交代を進めた時期があります。このときに自分たちは、今もイラン代表の大黒柱ハダディ(C/ハメド・ハダディ、218センチ)ほか、サマッド(F/サマッド・ニックハ・バハラミ、198センチ)とカムラニ(G/マーディー・カムラニ、180センチ)といった黄金世代の後継者として育てられました。同じように、今度は自分たちが若い世代に経験を伝えて育てようとしています。

2014年のアジアカップ(アジアチャレンジに名称変更)で優勝。この大会からジャムシディとヤクチャリがチームの中心へと成長していった
2014年のアジアカップ(アジアチャレンジに名称変更)で優勝。この大会からジャムシディとヤクチャリがチームの中心へと成長していった

※黄金世代を擁して3度目の優勝を飾った2013年のアジア選手権(現在のアジアカップ)のあと、イランは一度、世代交代を進めた。翌2014年のアジアカップ(現在は廃止したアジアチャレンジ大会)ではハダディを軸に、ヤクチャリ、ジャムシディら現在の主軸が成長して優勝を遂げる(写真)。この大会でジャムシディやヤクチャリ等の若手が台頭したことで、現在の代表チームの形が出来上がった。

「生きるか死ぬか」の覚悟で戦うW杯予選

――7月のアジアカップでイランと対戦しましたが、この試合は日本の完敗でした(88-76)。この試合の出来をどう感じていますか?

ジャムシディ アジアカップは自分たちにとっては主力が揃ったチームだったので、今回より強かったことは間違いありません。日本戦に関しては、よくプランを立てていたし、集中して臨んでいました。とくにディフェンスに集中していたので、日本に思うようにプレーさせなかったし、3ポイントも勝負が決まるまでは10本以内に抑えています(最終的には11本)。3ポイントを打たせないディフェンスがカギでした。

ヤクチャリ 日本は3ポイントがうまいし、トランジションも速い。自分たちは経験の多い選手がいたので、日本に3ポイントを打たせず、トランジションで走られないように止めました。いいディフェンスができたと思います。

――8月25日からワールドカップ予選2次ラウンド(Window4~6)が始まります。1次ラウンドでのイランは4勝2敗で、これからオーストラリアや中国と対戦することを考慮すると崖っぷちの状態。2次ラウンドをどのように戦いますか?

ジャムシディ イランにとっては「生きるか死ぬか」というくらい重要な試合が続くので、ここからは一つも落とせません。8月25日の日本戦はすごく大事な試合。負けるとワールドカップが遠のくので必ず勝たないといけない。今年最大の重要な試合といっていいくらいのゲームです。

ヤクチャリ この先の6試合はとても大事です。カザフスタンに2敗してしまったので、日本に勝つことが重要。今回の来日では若い選手を連れてきましたが、Window4は今イランに残って練習している主力メンバーに変わると思います。アジアカップもそうだし、Window4もそうだけど、ベストを尽くします。

――ワールドカップ予選でカザフスタンに2連敗した敗因は?

ジャムシディ 非常に難しい状況でした。1戦目(Window2)はベナムや他の選手がコロナ陽性で不在でした。それにハダディは中国(CBA)でプレーしていて、隔離期間が3週間と長いので出してもらえませんでした。2戦目(Window3)は直前にセルビアに遠征に行ったのですが、そこでフライトや移動の関係でトラブルがあって、調整不足のまま臨んでしまいました。その試合は3ポイントが0本(0/19本)。言い訳ができないほどひどい試合をしてしまったので、この先は絶対に勝たなければいけません。

ヤクチャリ カザフスタンとの2戦目はヘッドコーチが変わったばかりだったので、チームが出来上がっていませんでした。3ポイントがまったく決まらずに敗れてしまい、課題だらけでした。あと6試合あるので、絶対に勝ってワールドカップに出ます。

ベナム・ヤクチャリ(1995年生まれ27歳/192センチ/PG/イランのコントロールタワーであり得点源。今後イラン代表のリーダーとなる存在。写真/FIBA)
ベナム・ヤクチャリ(1995年生まれ27歳/192センチ/PG/イランのコントロールタワーであり得点源。今後イラン代表のリーダーとなる存在。写真/FIBA)

欧米との差を埋めるために、アジア全体でレベルアップが必要

――近年のイランはワールドカップもオリンピックにも出場しています。世界大会に出て、アジアと他国の差をどう感じていますか?

ジャムシディ ヨーロッパとアジアはすごい開きがあると感じています。これはいつも言っているのだけど、アジアがお互いに協力しあってヨーロッパに立ち向かい、アジア全体のレベルを上げていくことが大事。日本は3ポイントが得意、イランは経験がある、中国は高さがある、韓国は正確性があるといったように、それぞれ特徴があるのなら、お互いが協力してその国の良さを出していき、国際大会でヨーロッパに対抗できるチームになっていかないといけない。そうやって、アジア全体のレベルを上げていくことが大事だと思っています。

また、アジアもお互いの国のリーグで行き来してプレーできるようになったらいいですね。ヨーロッパのリーグだと、ヨーロッパ出身の選手はローカル選手として外国籍扱いにはならない国もあるので、そのルールはいいですよね。ヨーロッパの選手たちは、お互いのリーグで行き来してやりあって強くなっているんです。

ヤクチャリ アジアと世界では大きなギャップがあります。とくにヨーロッパはファンダメンタルがしっかりしている。ヨーロッパは自分の国のバスケットボールを発揮することに対して、より気持ちを込めてプレーしているように思います。どこの国も規律があって、組織的にまとまっています。「ナショナルチームに誇りを持って必ず勝つ」という強い意識を感じます。だからチームとしてもよく機能していますよね。

最近はアジアの大会にオーストラリアが入ってきましたが、オーストラリアにはヨーロッパのような気質を感じるので、学ぶことが多いです。アジア同士が協力しあって、そのレベルに近づいていきたいです。

――今後、イランのバスケットボールが向上していくための課題は何ですか?

ジャムシディ ゲームのことでいうと、3ポイントの確率を上げること。いいシューターはいるけれど、自信を持って打っていません。組織やマネージメントのことでいうと、アジアでは日本がいちばん素晴らしい国だと思うので、日本からプロリーグや代表チームを組織的に運営していくことを学ばないといけない。イランは経済面で課題があるので…。

ヤクチャリ ゲームではいつもターンオーバーが多いので、つまらないミスを減らしてゲームをコントロールすること。また、3ポイントの確率を上げること。仙台での強化試合で僕たちは、1戦目は3ポイントが5本、2戦目は6本。対して日本は1戦目は13本、2試合目は12本で僕らの倍の本数を決めています。3ポイントの確率を上げることは必須です。代表やリーグの運営については僕も同じ考えで、組織的な運営を日本から学ばないといけないと思っています。

モハマッド・ジャムシディ(1991年生まれ31歳/198センチ/SF/シュート力と走力を生かしたイランのポイントゲッター。2017年アジアカップではベスト5を受賞。写真/FIBA)
モハマッド・ジャムシディ(1991年生まれ31歳/198センチ/SF/シュート力と走力を生かしたイランのポイントゲッター。2017年アジアカップではベスト5を受賞。写真/FIBA)

「実はBリーグからオファーがあった」(ジャムシディ)

――ジャムシディ選手とヤクチャリ選手にとって「イラン代表」とは?

ジャムシディ 全部です。ナショナルチームの試合に出てもお金なんて一切もらえないけれど、誇り高きものがあります。国のために戦いたいし、国民のためにも戦いたい。イランは経済的に豊かではないけれど、ナショナルチームを通じて国の人たちをハッピーにしたい。代表チームのユニフォームを着ているときはベストを尽くす。イラン代表は自分にとってのすべてです。

ヤクチャリ 自分たちが勝つと国民が喜んでくれる。それが何より大事だし、それで十分。代表活動をしてもお金はもらえないけれど、ベストを尽くしてみんなを喜ばせたい。それだけです。

――バスケットボール選手としてのモットーを聞かせてください。

ジャムシディ 得点でもディフェンスでも自分のベストを尽くすことが大事。シューティングの練習は自分でもよくしていると思う。毎日練習でハードワークをすることが自分のストロングポイント。コート上では、コーチが求めることに対してベストを尽くすことが大事。

ヤクチャリ 僕はずっとシューティングガードでやってきました。それが2015年に代表に招集されたとき、セルビア人のヘッドコーチから「ポイントガードをやってほしい」と任命されたんです。そこからポイントガードもやっています。自分的にはシューティングガードのほうが心地いいのですが、ヘッドコーチに言われれば、チームを助けるためにどちらもやります。どのポジションで出てもベストを尽くすだけです。

――Bリーグでは、イランはアジア特別枠の対象国ではないのですが、日本でプレーすることに興味はありますか?

ジャムシディ ぜひ日本でプレーしたいですね。実際、今シーズンのオフにBリーグのチームからオファーがあったんですよ。チーム名は言えないけど(笑)。ただ、今回はうまく条件が合わなかったので、今シーズンもイランでプレーします。

――それは、外国籍枠としてオファーがあったということですよね?

ジャムシディ そうです。だからオファーがあったときは、僕の力を認めてもらえてうれしかったです。早くイランがBリーグのアジア枠の対象になるといいですね。それに、日本の選手もイランに来てプレーしてほしい。アジアの選手がお互いの国を行き来してレベルアップしていくことが大事だから。僕は本当に日本でプレーしたいと思っているので、早ければ来シーズン実現したいですね。

ヤクチャリ 僕は今ドイツでプレーしていて、日本からオファーが来たことはないけれど、日本でプレーすることには興味があります。もし、オファーが来たら日本の素晴らしい運営の中、多くのファンの前でプレーしてみたいですね。

8月25日の日本戦では経験豊富なメンバーが加わる。イランにとっては絶対に負けられない試合(写真/FIBA)
8月25日の日本戦では経験豊富なメンバーが加わる。イランにとっては絶対に負けられない試合(写真/FIBA)

Basketball Writer

「月刊バスケットボール」「HOOP」のバスケ専門誌編集部を経てフリーのスポーツライターに。ここではバスケの現場で起きていることやバスケに携わる人々を丁寧に綴る場とし、興味を持っているアジアバスケのレポートも発表したい。国内では旧姓で活動、FIBA国際大会ではパスポート名「YOKO TAKEDA」で活動。

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