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金メダルへの挑戦<後編>躍進の女子バスケ。信じる力から生まれた「スーパースターなきスーパーチーム」

小永吉陽子Basketball Writer
得点、ディフェンス、リーダーシップで牽引したキャプテン髙田真希(C)FIBA

女子バスケ金メダルへの挑戦<前編>見る者の心を奪った「速くて美しい女子バスケ」はこうして作られた

女王に対して真っ向勝負を挑んだ日本

 持てる力は出し切った。悔いなき自国開催のオリンピックだった。

 オリンピック史上初となる決勝に進出し、女王アメリカに挑んだ女子バスケットボール。2017年にトム・ホーバスがヘッドコーチ(以下HC)に就任してから掲げてきた「金メダル」の目標には届かなかったが、堂々の銀メダルに日本中が沸き上がった。

 75-90――。オリンピック55連勝で7連覇を遂げたアメリカはやはり強かった。アメリカは自分たちの強みであるインサイドで徹底的に攻め、日本の長所をつぶしにきたディフェンスには本気度が表れていた。

 シューターの宮澤夕貴と林咲希をはじめ全員が徹底マークされたうえに、これまでアシストを量産してきた町田瑠唯への対策も練られていた。町田へのピック(スクリーン)に対し、ディフェンスはスイッチで対応してヘルプに行かずに1対1で守り切る。そのため、203センチのブリトニー・グライナーが162センチの町田にマッチアップするシーンもあり、攻撃の起点を止められてしまった。また、アメリカはリスキーなオフェンスリバウンドにはあえて入らず、全速力で戻っては日本に速攻を出させなかった点も徹底していた。

サイズに加えて機動力があるのもアメリカの強み。グライナーとマッチアップする町田瑠唯
サイズに加えて機動力があるのもアメリカの強み。グライナーとマッチアップする町田瑠唯写真:青木紘二/アフロスポーツ

女王と対戦して得たことが今後の基準

 日本は町田と変わった本橋菜子が1対1のシュート力を見せつけて停滞した流れをこじ開けると、2Qには林、宮澤、三好南穂のシューター3枚を投入し、3Qには町田と本橋のスモールガードを2枚起用、高田真希とオコエ桃仁花を同時に起用するなど様々なメンバー起用で対抗。オールスイッチによってミスマッチができれば、髙田や長岡萌映子がポストアップから得点し、シューターの林がフローターシュートを決めるなど、ペイントエリアでの得点に活路を見出したのは有効だった。 

 だが、ゴール下でイージーシュートを何本か落としてしまったことは、3ポイントが外れたことよりも痛かった。武器である3ポイントは31本の試投があることから打てなかったわけではないが、しっかりとコンテスト(シュートチェック)されていたことで、確率が下がってしまった(8/31本、25.8%)。今大会、3ポイントの確率で40%を切ったのは二度にわたるアメリカ戦だけだ。

 手持ちのカードは出しつつも、もう少し食い下がれそうなシーンはあった。だが、インサイドの支配だけは止めることができず15点差で届かなかった。アメリカは世界一のスーパースター軍団だが、星条旗のもとに集結すると、一人一人が役割を徹底する仕事人と化す。これが7連覇の理由である。試合後、ホーバスHCはこのような感想を語っている。

「金メダルには届きませんでしたが、全員がステップアップしてここまで来たことがうれしいです。今後の日本はアメリカを倒すことを新しい基準とし、そのために何をすべきかを考えていかなければなりません」

 15点差での敗北は、これからも続く金メダルへの挑戦に対し、足りなかった差を知るために必要なステップだったと言えるだろう。

試投数、確率は1位になった3ポイント。ベルギー戦でクラッチシュートを決めた林咲希
試投数、確率は1位になった3ポイント。ベルギー戦でクラッチシュートを決めた林咲希写真:ロイター/アフロ

スモールよりも小さいマイクロボール

 日本が銀メダルまでたどりついたスタイル――機動力と運動量を生かしてスペースを作り出し、ペイントエリアではデザインされた2点を確実に取り、試投数も確率も1位になった3ポイント(73/190本、38.4%)を量産する『スモールボール』について、もう少し触れておきたい。

 2017年にホーバスHC就任後、変化を加えながら進めてきたこの戦術は、昨年度に引退した吉田亜沙美や大﨑佑圭、負傷によってオリンピックに参戦できなかったエースの渡嘉敷来夢も取り組んでいた。

 インサイドの渡嘉敷と大﨑は、2020年2月に出場したオリンピック予選(OQT)において、本数は少ないながらも3ポイントを打ち始め、決めてもいる。この大会は髙田が腰痛のためにベンチで休養し、宮澤が膝を負傷して選外だったため、メンバー選考は万全とはいえなかった。それゆえ、スウェーデンには勝利したものの、ベルギーとカナダには惜敗している。それでもホーバスHCは、3ポイントラッシュで猛追したベルギー戦に手応えを得て、それ以後、このスタイルに自信を持ち始めていた。

「全員でボールムーブをして、アグレッシブなディフェンスをして、ガードがペネトレートを仕掛けて、全員が3ポイントを打つ。このスタイルは見ている人たちも面白いでしょう。まだまだ改善しなければならないけど、うち(日本)の綺麗で速くてしつこいバスケを世界のゴールドスタンダードにしたい」

 スモールボールは数年かけて改良しながら進められてきた戦術である。ただ、渡嘉敷の不在によって、より3ポイントを重要視したことは確かである。2021年5月末の取材でホーバスHCはこう語っている。

「うちのマイクロボール……いや、スモールボールをするにはシューターが重要。コートに2人シューターを出すこともあるので、選考合宿では2、3番のポジションを多くトライアウトさせている」と語り、手薄となったインサイドの選考については「少しギャンブルだとは思うけど、うちの特長を出すにはインサイドの選手を選んで保険にするより、小さくてもアグレッシブなメンバーにしたほうがいい」と方針を述べている。

 メディアに対してわかりやすく『スモールボール』という言葉を用いたが、ホーバスHCの中では、他国よりも小さい髙田一枚のインサイド、あるいは5人がオールアウトで挑む戦術はスモールよりも小さなラインナップを示す『マイクロボール』という意識だったのだろう。その中で、手薄なインサイドの駒で大型チームに対抗するにはディフェンスがカギとなる。その策を尋ねるとホーバスHCは「やりようはある」と答えている。

「相手のビッグマンがボールもらう前のディフェンスがカギです。インサイドはダブルチームに行くことを極力止めますが、相手のリズムを崩すトラップディフェンスは仕掛けます。プレスディフェンスもあります。インサイドは相手が行きたい方向に行かせないバンプのディフェンスをすることで何とかなるでしょう」

 日本は12チーム中、アグレッシブなスタイルを披露しながらも、ファウル数(一試合平均10)とターンオーバー(一試合平均10.3)が一番少ないチームだった。リバウンドについては11位で苦戦を強いられたが、それでも躍進できたのは、チームとして一段階パワーアップしたディフェンスの向上とチームプレーの精度を磨いてきたからだ。

語り継がれるベルギー戦での劇的逆転勝利。
語り継がれるベルギー戦での劇的逆転勝利。写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

チャンスと転機をつかみとる力

 勝つ時というのは、事あるごとに訪れるチャンスをモノにするものだ。今大会、節目ごとのターニングポイントで流れをつかんでいたことも見逃せない。

 1996年のアトランタ五輪も、前回2016年のリオ五輪も、準々決勝でアメリカと対戦して涙を飲んだ。「アメリカとの対戦でなければ…」との思いは女子バスケ界の誰しもにあった。

 そんな中で、予選ラウンドでアメリカとフランス、そして近年旋風を巻き起こしているナイジェリアと同組になることは “死の組” であることを示していたが、予選ラウンドさえ抜ければ、決勝トーナメントではアメリカと逆側に配置する組み合わせに勝負を賭けた。その思惑を実現するには初戦のフランス戦が重要。カギとなる初戦を4点差で制したことで勢いに乗り、大会の入り方に成功している。試合ごとに成長し、ベルギーとの死闘を制し、フランスに二度勝利し、ヨーロッパ勢に連勝できる地力がついたからこその結果でもある。

 さらには、負傷で懸念されていた本橋と宮澤が大会に入って復調したことも大きな活力となった。大会前、女子バスケの期待値が高くなかったとすれば、それは渡嘉敷だけでなく、宮澤や本橋といった主力の相次ぐ負傷が原因だった。また、ベルギー戦では、絶体絶命のピンチの場面で得たアンスポーツマンライクファウルのフリースローを確実に決めたことも風向きを変えた。

 こうした流れをしっかりと捉えたのも、「日本らしさ」を出せるメンバー選考と戦術にこだわり、各自が役割を遂行したからこそ。準決勝と決勝では全員出場、全員得点だったことも特筆すべき点だ。すべての試合を終えてホーバスHCが語った「このチームにはスーパースターはいないけれど、スーパーチームです」との言葉に誰もがうなづいた。

スタメンもベンチもともに戦う。試合前のハドルは女子代表の伝統
スタメンもベンチもともに戦う。試合前のハドルは女子代表の伝統写真:森田直樹/アフロスポーツ

金メダルへの旅は終わらない

 女子バスケがここまで観る者の心を捉えて離さなかったのは、これまで世界に挑み続けて重ねてきた歴史のもと、目標に向かって自分たちのスタイルを貫き、チャレンジしたからだ。そして勝利のあとの弾ける笑顔からは、彼女たちがどれだけ練習を積み、どれだけ信じあっていたのか垣間見えたことに胸が熱くなった。

 信じる力を率いたのがトム・ホーバスHCだ。「日本は世界一真面目に取り組んでいるから絶対に金メダルが取れる」と言い続けて選手たちに自信を与え、戦略的なチーム作りを進めてきた。キャプテンの髙田は「金メダルを目指していたので決勝で負けたことには悔しい思いもありますが、日本のバスケをやりきったことが一番うれしい」と笑顔だった。

 決勝でアメリカに対策されたように、次なる戦いからは日本が研究される立場になる。それはある意味、ホーバスHCの野望通り、日本女子バスケがそれだけ世界各国を驚かせた結果でもある。そこで指揮官はこう言うのだ。

「バスケットボールはアジャスト(適応)するスポーツ。選手が変われば、選手の特色をどう生かすか毎回変わります。渡嘉敷が戻ってきたら、またアジャストするチームを作ります。日本には(アメリカの)グライナーのようなビッグマンはいません。日本の速さとチームワークを使って、このスタイルの中でどうアジャストするか、ここからやっていくだけです」

 東京オリンピックの旅は幕を閉じたが、金メダルへの旅は終わらない。

女子オリンピック史上、はじめて日本の国旗が掲げられた(C)FIBA
女子オリンピック史上、はじめて日本の国旗が掲げられた(C)FIBA

Basketball Writer

「月刊バスケットボール」「HOOP」のバスケ専門誌編集部を経てフリーのスポーツライターに。ここではバスケの現場で起きていることやバスケに携わる人々を丁寧に綴る場とし、興味を持っているアジアバスケのレポートも発表したい。国内では旧姓で活動、FIBA国際大会ではパスポート名「YOKO TAKEDA」で活動。

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