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八村塁が人生で初めて流した悔し涙。ゴンザガ大で得たかけがえのない財産と新たな試練

小永吉陽子Basketball Writer
NCAAトーナメント8強。八村塁は初めて人前で悔し涙を見せた(写真/小永吉陽子)

ゴンザガ大で学んだすべてが八村塁の財産

 試合終了のブザーが鳴ると、八村塁の目から涙が止まらなくなった。八村がここまで悔し涙を流したことはこれまで見たことがない。その姿は全米中継でクローズアップされ、日本のファンもその光景を目の当たりにした。

 現地3月30日、八村塁が所属するゴンザガ大はNCAAトーナメント(全米大学選手権)の西地区決勝でテキサステックに69-75で惜敗し、エリート8(ベスト8)で戦いを終えた。

 後半中盤までは接戦ながらもゴンザガがリードし、八村もチームハイの22得点をマーク。しかし、「相手はかなり中を守ってきたし、手がしつこく出てきてやりにくかった」(八村)というファウルギリギリの執拗なディフェンスでターンオーバーを誘ったばかりか、終盤には効果的な3ポイントとフリースローで突き放しにかかった。ゴンザガも最後まであきらめずに司令塔のジョシュ・パーキンスの3ポイントで粘ったが、終盤は攻め手がなく、逆転には至らなかった。

 西地区1位シードのゴンザガは、シーズン31勝3敗(トーナメントを含めると34勝4敗)の高い勝率を誇り、シーズン中には何度かランキング1位にも躍り出た。今シーズンは11月のマウイ・インビテーショナルでデューク大を破って優勝したことで注目を集め、どこからでも攻められるオフェンス力は、2年前のファイナル進出チームよりも高い期待がかけられていた。トーナメントに入ってからも、持ち味のオフェンスだけでなく、オールスイッチが可能なディフェンスにも磨きがかかり、ファイナル4進出に向けて大一番を迎えていた。

 それだけにエリート8での敗戦には、ただただ、終わってしまった無念さと喪失感が漂っていた。とりわけ、強豪ゴンザガ大を背負った日本人エースの目からは涙が溢れて止まらなかった。目を赤くして試合後のロッカールームに現れた八村は、大勢のメディアに囲まれた中で、日本語と英語の両方ですべての質問に答えた。

「僕たちがこの国でもっとも優れたオフェンスのチームであるように、テキサステックはもっともディフェンスが優れたチームだった。彼らのディフェンスに最後の数分は得点ができなかった。それでも僕たちは毎試合一生懸命にプレーしてきた。試合には負けたけど、僕は心からこのチームが好きでした。この素晴らしいチームで戦ってきたことは誇りに思いますし、本当にうれしい。僕の人生においても財産になると思います」

 遠く日本から何もわからずに飛び込んだアメリカNCAAの舞台。3年目を迎えた今では、主要組織であるスポーティングニュース、全米バスケライター協会、全米バスケコーチ協会の3つからオールアメリカン・ファーストチーム(ベスト5)に名乗りをあげるまでの選手になった。日本人選手がNCAAの舞台でここまで到達したことは快挙である。たとえ、目標のファイナル4へは届かなかったとしても、本人が実感しているように、ゴンザガで学んだ3年間はかけがえのない『財産』だ。

目覚ましい成長を遂げたのは、ゴンザガ大のチームメイトと打ち込んだ日々があったからこそ(写真/小永吉陽子)
目覚ましい成長を遂げたのは、ゴンザガ大のチームメイトと打ち込んだ日々があったからこそ(写真/小永吉陽子)

全米から対策される選手になって挑んだトーナメント

 悔しさ、喪失感、ゴンザガ愛――。八村が流した涙は一言では言い表せない様々な感情が込み上げてきたものだろう。明成高校でも、ゴンザガ大でも、日本代表でも、目に浮かぶのは試合中に雄叫びを上げ、試合後に陽気な笑顔を振りまく姿ばかりだ。もちろん、これまでも試合に敗れた経験はある。高校3年時の国体決勝や、決勝トーナメント進出がかかったU19ワールドカップでのカナダやイタリア戦は、自分がエースとして臨んだ試合で負けている。

 だが、国体の敗戦は挽回できるウインターカップがあり、U19ワールドカップは格上相手にチャレンジの大会だった。このエリート8での敗戦は、エースとして勝負を挑んだ大会で敗れた初のゲームだといっていい。「こんなに泣いたのは人生で初めて。でも、それほど思いが大きかったということです」と試合後に涙の理由を明かしている。

 八村はこの3年間、順調に成長してきた。本人にしてみれば、ここまでたどりつくにも、勉強との両立があり、語学の壁があり、戦術理解やコミュニケーションの壁があり、3年目にはエースとして闘争心とリーダーシップを要求されたように、ひとつひとつの試練があった。そして、それらの壁を想像以上の早さで乗り越えてみせた。しかし今回は、今まで経験したものより一段階上の試練が待ち受けていた。何しろこのトーナメントでは、全米の強豪チームから様々な守り方で対策される選手になっていたのだから。

 2回戦のベイラー戦では変則的なマークに苦しんで今季最低の6得点に終わっている。だが3回戦のフロリダステイト戦では、昨年、同じラウンドで敗れた相手にリベンジを果たしただけでなく、「前の試合からちゃんと切り替えて臨むことができた」とチームハイの17得点をマークし、勝負を決定づける3ポイントへのアシストを繰り出した。悪かった試合のあとに責任を果たせたのは、課題をクリアした証拠でもある。

 そして迎えたファイナル4をかけたテキサステック戦では、両チーム最高となる22得点をマーク。たが、終盤の勝負所では得点に結びつける仕事ができなかった。

「最初からアグレッシブに行けたと思います。でも、途中で得点が取れないときがあり、僕が行かないといけないときにタフショットに持って行ってしまった。そこでディフェンスが縮んだ時にパスを出したりするべきだった」とは試合後の反省の弁だ。徹底的に『八村対策』をされたときの判断力において新たな課題が出てきたのだ。

打点の高いミドルシュートとポストムーブが得意技。今後はプレーの幅をさらに広げたい(写真/小永吉陽子)
打点の高いミドルシュートとポストムーブが得意技。今後はプレーの幅をさらに広げたい(写真/小永吉陽子)

「大事な試合で、外のシュートや自分の持ち味をパッと出せるように」

 今季の八村は、208センチのキリアン・ティリーの負傷が長引いたことや、チームに3ポイントが打てる選手が多いことから、ブラントン・クラークとともに、主にインサイドとペリメーター付近でのプレーを任されていた。

 そんな八村にシーズン中の2月に「大学ではインサイド主体のプレーが多いが、もう少しアウトサイドのプレーをしたいか?」と質問をしたことがある。すると、「いえ、アウトサイドもインサイドもどっちもやっているので、インサイドだけということはないです。僕がやりたいようなチームのシステムになっているので、チームの流れの中でやっています」という答えが返ってきた。マーク・フューヘッドコーチも「ルイは3ポイントでもいいものを持っているが、チームプレーの中で正しい選択をしている」と評価している。

 実際、八村は高校時代から3ポイントを打っていたし、U19ワールドカップのカナダ戦では土壇場で2本の3ポイントを決めて同点に持ち込む勝負強さを見せている。今シーズンも本数こそ少ないが、トーナメントに入る前の31試合で46.9%(15/32本)という高確率を記録している。日本代表では、ワールドカップ予選のオーストラリア戦がそうだったように、機動力を生かして多彩に攻め込むスタイルは魅力でいっぱいだ。しかし全米に名が知れて徹底マークされるような立場になったからには、さらにプレーの幅を広げ、確実性を高める必要がある。これはテキサステック戦ではっきりと見えた課題だった。

 

 トーナメントを終え、新たに出てきた課題について自身はこう語っている。

「やっぱり、外のシュートの確率をもっと上げなければいけないし、いろんなことができる自分の持ち味をもっと出していけるようにしたい。大事な試合でパッと出せるように」

 今季は目覚ましい活躍を見せた八村だが、大学でエースとしてフル回転したのは今シーズンが初めて。まだまだ自身のキャリアを積み上げているところだ。学生時代にここまで悔しい試練にぶち当たれたのも、愛すべきチームメイトやコーチたちと本気で取り組む毎日を過ごしたからこそ。エリート8で終えた3年目のトーナメントは、今後もっと大きな選手になるための試練を与えられた場だったのだ。

 

 今後の進路についてはNBAのドラフトにアーリーエントリーする可能性が高いが、試合直後は明言を避けており、正式発表はもう少し先になる。ただ、どの道に進んでも、この悔し涙を次のステージにつなげていくことに変わりはない。これまでも、日本人選手の誰もが達したことのない領域に行くために、人知れず試練を乗り越えてきたように。

Basketball Writer

「月刊バスケットボール」「HOOP」のバスケ専門誌編集部を経てフリーのスポーツライターに。ここではバスケの現場で起きていることやバスケに携わる人々を丁寧に綴る場とし、興味を持っているアジアバスケのレポートも発表したい。国内では旧姓で活動、FIBA国際大会ではパスポート名「YOKO TAKEDA」で活動。

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