Yahoo!ニュース

ラ・レアルのDNA。久保建英はなぜ成功をつかめたのか?

小宮良之スポーツライター・小説家
バルサ戦の久保建英(写真:なかしまだいすけ/アフロ)

強豪クラブのポジション変遷

 ヨーロッパ各国のトップクラブは、100年以上の歴史を誇る。そこには、DNAのようなものが生まれる。一つの系譜と言ってもいいだろうし、ポジションの変遷と言ってもいい。

 久保建英が所属するレアル・ソシエダ(ラ・レアル)も、その変遷があるクラブだ。

 1980-81,1981-82シーズン、ラ・レアルはリーガエスパニョーラで連覇を飾っている。当時のメンバーは一つの”礎石”になった。GKルイス・アルコナダ、DFアルベルト・ゴリス、MFヘスス・マリア・サモーラ、ぺリコ・アロンソ、FWロペス・ウファルテ、ホセ・マリア・バケーロ、ヘスス・マリア・サトゥルステギは全員が下部組織「スビエタ」育ちの選手だ。

 アルコナダはビーチサッカー、ペロタ(壁に向かってボールを打つコートスポーツで、バスクではサッカーに匹敵する人気)の達人で、そうやってGKは鍛えることが一つのスタンダードになった。ゴリスはラ・レアル歴代最多出場を誇り、ヘディングの強さは随一。サモーラはラ・レアルひと筋ワンクラブマンで、”クラッシャー”アロンソはシャビ・アロンソの父だ。ウファルテはクラブに左利きクロスの歴史を作った名手で、バケーロはトップ下で味方を連結させる強度や精度に優れ、サトゥルステギは歴代最多得点で、バスクダービーで決めた豪快ヘッドは語り草だ。

 ヘディングだけのセンターバックや削るのが武器のMFは現代では厳しいが、勝利に向かう姿勢で、今の選手の系譜を作っている。

ストライカーの系譜

 スビエタでは、一つの成功体験に沿って選手が育てられてきた。1989-90シーズンまで「バスク人純血主義」だったこともあり(1989年にスペイン人も含めて初めての外国人選手ジョン・オルドリッジを獲得)、育成で命脈を保ってきたと言えるだろう。先人に倣いながら、時代の中でアップデートされた選手を輩出した。

「クロスに対するシュートの叩き方、質と強度はラ・レアルのFWをやるなら基本だよ」

 2018年で現役を退いたストライカー、イマノル・アギレチェはそう説明していた。長身でクロスに合わせる能力は秀逸だった。ラ・レアルで70得点以上を記録し、足首の度重なるケガにより33歳で引退しなかったら…。

「僕は小さな村の出身なんだけど、いつもヒーローに憧れていた。それがラ・レアルのFWコバチェビッチだった。とにかくダイナミックなストライカーで、『アノエタでコバチェビッチの試合が見たい!』って親にせがんで、観に行ったんだ。格好良かったよ。もっと夢中になって、彼のようになりたいって、必死に練習した」

 ダルコ・コバチェビッチは外国人歴代最多100得点以上を記録している。サトゥルステギ、メホ・コドロからの系譜を受け継ぎ、アギレチェにバトンを渡した。さらにウィリアン・ジョゼ、アレクサンデル・イサク、そしてセルロトにバトンは受け継がれていった。いずれも大柄でポストがうまく、クロスに入るのがうまいストライカーたちだ。

久保が継いだラ・レアルのDNA

 そのストライカーに合わせて左利きのサイドアタッカーも、ウファルテ以降、各年代にいた。

 90年代から2000年にかけては左利きのクロスマシン、ハビエル・デ・ペドロが台頭している。コバチェビッチの得点を多数アシスト。ちなみに次の世代としては今や監督として名を馳せるウナイ・エメリがいたが、デ・ペドロの壁を破れなかった。アントワーヌ・グリーズマンもデビュー当初はその系統で、左利き選手の重用はこのクラブの特徴と言える。現在のエースであるミケル・オジャルサバルもスタイルは違うが、同系列だ。

 スビエタの指導者からトップチームを率いることになったイマノル・アルグアシル監督は「左利き」を束ね、攻撃を革新させている。オジャルサバル、ダビド・シルバ、ミケル・メリーノ、ブライス・メンデス、セルロトなど攻撃陣はレフティがずらり。

 久保も、まさにその一人だ。

 久保は左利き独特の感覚で、コンビネーションを作り出せる。基本的なドリブル、キック、トラップ、ビジョンに秀で、仲間を輝かせ、自らも輝ける。90年代までは左足ピンポイントクロスで仲間を生かし、ストライカーがヘディングで決めるのが得点パターンだったが、彼はそれだけでなく多様な攻撃を生み出し、チーム全体を強くしている。

 久保で目を引くのが、左サイドでのプレーがうまくなった点だろう。左に流れ、縦に勝負し、左足でクロスを入れる。そのタイミングをつかむことができたのは、ラ・レアルのクロスの土壌のおかげかもしれない。もう一つ、守備のリズムも合ってきた。かつてバケーロも、トップ下やトップでライン間のプレーで巧みさを見せ、守備のスイッチも入れたが、久保も感覚をつかんだ。

根っこは共闘精神

「仲間のために戦えるか。重んじてきたのは『集団で戦う』という精神です」

 ラ・レアルで強化部長、育成部長、ヘッドコーチ、セカンドチーム監督、戦略分析担当など20年に渡って歴任したミケル・エチャリは、クラブの哲学をそう語っていた。

「11人対11人の戦いで、それぞれが持ち場を守り、足りない部分を補い合い、最後まで死力を尽くす。その様子が、”強く、激しい”と映るのかもしれません。ただ、本質は集団性であるんです。各ポジションでやるべき仕事を遂行する一方、それぞれのキャラクターが出るわけで。選手の賢さや技術の高さ、心理面などいろいろあって戦術は決まるでしょう。ただ、大事なのは団結力です」

 その共闘精神のディテールは、時代の中でマイナーチェンジしている。今のラ・レアルは挑戦的布陣で、欧州のトップクラブとも互角に戦う構えを取る。それだけの水準の選手が揃ったわけだが、攻撃コンビネーションを深めることで太刀打ちできるようになった。

 久保がフィットしたように、「ボールありき」の集団戦術でスペクタクルを生み出しているのだ。

「このチームは今までとまったく違う。ボールを持てるし、それが僕をいい選手にしてくれる。だから、僕もチームメートをいい選手にしたい」

 久保はそう証言している。彼は誰よりもラ・レアルのDNAを理解していると言えるだろう。それが成功をつかめた最大の理由だ。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

小宮良之の最近の記事