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カタールW杯で日本に敗れたスペインGKは戦犯か?Jリーグ優勝の「符合」とバルサの失敗と成功

小宮良之スポーツライター・小説家
日本代表戦、スペイン代表のGKウナイ・シモン(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

名将クライフのチーム作り

 チーム作りは、ゴールキーパーから始めるべきかもしれない。

 かつてFCバルセロナを率いたヨハン・クライフは、スペクタクルなフットボールを実現するために一つの提唱をしている。

「GKも、一人のフィールドプレーヤーでなければならない」

 チームとしてボールを保持し、能動的に攻撃を仕掛けるには、GKのキャラクターから選び抜く必要があった。そこで、クライフ監督はカルレス・ブスケツ(セルヒオ・ブスケツの父)を抜擢した。バルサの下部組織育ちで、フィールドプレーヤーとボール回ししても遜色なかったほど足技に長けたGKだ。

「リベロ」

 その仕事をブスケツに任せた。徹底的なポゼッションゲームを実践するには、GKからプレーを組み立てる必要があったのだ。

 しかし、画期的だった試みは失敗している。ブスケツには十分なゴールキーピングの総合力が備わっていなかった。結果、プレーに波が出て、不安定感がチームを覆い、焦ったブスケツが相手を抜き去ろうとして失点を喫するなど悪循環を起こした。

 ただ、チームの信条をピッチで具現化するには、GKのキャラクターは問われる。

 この時は失敗したバルサだが、自らの哲学を守るため、その資質があるGKだけを求めた。そして下部組織出身のビクトール・バルデスやドイツ代表のテア・シュテーゲンという二人の偉大なGKが所属した時代に最盛期を迎えている。出発点は間違っていなかったのだ。

日本戦の戦犯になった哀れなGK

 チームが求めるスタイルと自身のプレーに矛盾があると、GK自身が苦しむことになる。

 カタールW杯でスペイン代表のゴールマウスを守ったウナイ・シモンは、「戦犯」扱いされている。

 U・シモンは日本戦で先制点を決められた場面、猛烈なプレッシングに圧倒され、行き場を失った状態でボールを受けていた。本来は大きく蹴るべきだったが、必死につなげるもアレックス・バルデが奪われ、堂安律にミドルを叩き込まれた。実は似たような場面は序盤にもあったし、ドイツ戦でもあわや失点という状況を作っていた。必然の失点だったとも言えるだろう。

「徹底的にボールをつなげる。だから決して蹴るな」

 それはルイス・エンリケ代表監督からの厳命だったが、そこに歪みは出た。

 U・シモンは監督の指示を守って、ボールをつなげようとしていた。総合力の高いGKで、足技も一定の基準には達していたが、決して得意ではなかった。結果、無理が出てしまった。戦犯とも言えるが、チームの極端な戦い方の犠牲だったとも言えるのだ。

 もしL・エンリケ監督が信条を貫くなら、GKにはレアル・ソシエダのアレックス・レミーロがベストだった。レミーロはレアル・ソシエダの「ボールありき」の攻撃サッカーの初手となっている。卓越した「足技」は攻撃だけでなく、守備でもチームを支えているのだ。

高丘と横浜F・マリノスの符合性がもたらした優勝

 能動的な戦いを目指し、成功しているチームは多くの場合、GKからスタートしている。

 例えばJリーグでも、昨シーズン優勝した横浜F・マリノスは攻撃サッカーを標榜しているが、GK高丘陽平は戦術を旋回させるキーパーソンだった。

 高丘が最後方でボールを受け、それを味方につなげ、数的有利を作って攻撃の出口をサポート。センターサークル付近まで縦に入れるパスの軌道は芸術的ですらあった。また、高いラインの後方に広がったスペースを迅速、的確に埋めることでカウンターの被害を最小限にしながら、攻撃で相手を押し込む形を支えていた。まさにリベロプレーの模範だ。

 高丘なくして、「横浜・優勝はなかった」と言えるだろう。

 また、昨シーズンは主体的に戦い、センセーションを起こしたサガン鳥栖も、GK朴一圭が「戦術」になっていた。彼が後方で常に攻守のプラスワンになる形によって、プレーが安定。攻めても、守っても、主導権を握れるサッカーの一歩になっていた。

 もし日本代表が能動的な戦いをするなら、この二人のGKとシュミット・ダニエルという選択になるだろうか。GKの顔ぶれで、そのチームのプレーモデルが見える。そこにずれがあった場合は、どうしてもノッキングが出る。その綻びは敗因になるほどだ。

スウォビィクはJリーグ最高レベルのGKだが…

 FC東京はスペイン人アルベル・プッチ監督が攻撃的な形を目指し、能力の高い人材も集まったが、出発点で矛盾が見える。

 昨シーズン、東京に入ったポーランド人GKヤクブ・スウォビィクは、Jリーグ屈指のGKと言える。ライン上でのゴールキーピングに関しては、名古屋グランパスのランゲラックと並び、ナンバー1を争う。昨シーズンも神がかったセービングを見せ、チームのMVPは彼で間違いない。

 しかしながら、スウォビィクは攻撃サッカーのエンジンとなれるのか?

 彼はリベロプレーが得意なGKではない。たとえどれだけ鍛錬を積んでも、キックに関しては限界がある。チームがプレスを受けた時、弱さが出てしまう。広いエリアをカバーするタイプのGKでもない。チーム戦術において、無理が出てしまうのだ。

 皮肉なのは、そのスウォビィクがチームの救世主になっている点だろう。

 ちなみにクライフは、円熟味に達していたスペイン代表GKアンドニ・スビサレータを切っても、自らのフィロソフィを推し進めた。そのチームは冒頭に記したようにうまくいかず、まもなく解体されることになっている。哲学を実現するには、痛みも伴う。結局、その理想は時代を超えて、フランク・ライカールト、ジョゼップ・グアルディオラ監督時代に実を結ぶのだが…。

 一方、スウォビィクが最高の栄誉を得られるようなチームスタイルもある。

 例えばディエゴ・シメオネ監督率いるアトレティコ・マドリーは、ゴール前に人を固めて守って、カウンターで勝負する。こうしたチームの場合、特にリベロプレーは必要とされない。「ボールありき」の前提のないチームは、GKはライン上付近で起こることに対処することが仕事で、キックの精度は問われないのである。その点、ヤン・オブラクは世界最高レベルで…。

「GKこそがチームの色合いを決定する」

 それは一つの真理だろう。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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