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三笘薫はヴィニシウス以上か?カタールW杯後、勝利のカギを握る崩し役たち

小宮良之スポーツライター・小説家
(写真:ロイター/アフロ)

勝負を制する「Desborde」

 サッカーの勝負を制するためには、どのポジションも欠かせない。それぞれの重要度を測るのは難しいだろう。例えば、ビルドアップができるゴールキーパーとポストワークに長けたセンターフォワードの比較が難しいように。

 しかし現代サッカー、一人が「戦術」になるポジションは一つだ。

 たった一人で、相手の守備を叩き壊せるようなスキルを持ったアタッカーがいる。彼らは「ハンマー」とも言われるが、守りを固めた城門を突き破るイメージか。スペインでは「Desborde」(崩し)と言われる特性を持つ選手たちで、スピードとテクニックに優れ、あくまでコンビネーションの可能性を残しながら、単騎で守備網を突き破って致命傷を与えられる。

 そのポジションが、今や世界サッカーの主役と言える。

 リオネル・メッシも、クリスティアーノ・ロナウドも、その派生である。サイドを起点に敵の守備をこじ開ける。彼らの場合、その自在なプレーによって自由を得て、よりゴールに近い中央でボールを触る機会が多くなっていった。それぞれ年を重ねるたびにプレーメーカー、ストライカーの匂いを強くしながら。

 崩し役たちがサイドの局面をわずかに優位に動かすことで、相手は後手に回らざるを得ない。その綻びからチャンスの可能性を広げる。それが、強力なチームのプレーデザインとして定着しつつあるのだ。

常勝チームには必ず崩し役がいる

 例えば、欧州王者であるレアル・マドリードには、ブラジル代表ヴィニシウス・ジュニオールという一人で攻撃戦術になるアタッカーがいる。ヴィニシウスが左サイドにいるだけで、相手ののど元にナイフを突き付けた格好になる。トップスピードの中でのドリブルスキルは抜群。彼が一人いるだけで、アドバンテージを取れるのだ。

 プレミアリーグ王者であるマンチェスター・シティも、アルジェリア代表リャド・マハレズが右サイドで暴れているとき、手が付けられない強さがあった。今シーズン、首位を走るアーセナルはイングランド代表の左利きブカヨ・サカを擁する。また、リバプールが最強を誇った時代にはエジプト代表のモハメド・サラーが無双状態だった。

 逆説すれば、そのポジションの選手の調子次第で、常勝チームの浮沈も左右される。

 かつて、メッシはFCバルセロナの右サイドに君臨していた。他の選手の半分も走らなかったが、彼にボールが渡ったら、ディフェンスを破壊できた。バルサ最強時代が、メッシのプレースタイルの変化と退団で一つの幕を閉じることになったのは必然だった。

 ブンデスリーガ王者のバイエルン・ミュンヘンも、ドイツ代表のレロイ・ザネ、ジャマル・ムシアラ、セルジュ・ニャブリ、フランス代表のキングスレー・コマンなど、「騎兵」を数多くそろえ、敵を圧倒している。彼らがドリブルで怒涛の如く押し寄せる攻撃は重量感が満載。センターフォワードがボールを収め、彼らが前を向いてプレーできると、止められない迫力だ。

 皮肉にも、これだけの天才的ウィングプレーヤ―を集めたドイツ代表は、カタールW杯グループリーグで敗れ去っている。彼らを生かすだけのポストプレーヤーがいなかったことが大きな要因か。ゼロトップ編成では十分に前で起点が作れなかったし、相手センターバックを消耗させられなかった。結果、ムシアラのように大会の主役になってもおかしくなかった選手の攻撃も限定された。

カタールW杯の光と影

 一方で、カタールW杯で日本代表が打ち負かしたスペイン代表は、二つの点で間違いを犯していた。

 スペイン代表はサイドから崩しにかかる選手が明らかに足りなかった。フェラン・トーレスはセカンドストライカーで、ダニ・オルモは単騎での仕掛けを得意としない。唯一、ニコ・ウィリアムスがスピード、パワーは十分だったが、で右サイドを縦に突破するカウンタータイプのウィングで、攻撃に幅を作り出せず、カットインして敵を幻惑できなかった。

 そして、スペインには確固たるポストプレーヤーもいなかった。マルコ・アセンシオのゼロトップは凡庸で、アルバロ・モラタはワンタッチゴーラーだが、ポスト役ではない。プレーに奥行きを作れなかった結果、最もボール支配率の高い戦いで、飽きるほどパスを回したが、作り出した決定機は少なかった。

 カタールW杯、メッシがけん引したアルゼンチンはやや特殊なケースか。しかし決勝では、アンヘル・ディ・マリアが左サイドでフランスの死神になった。同じファイナリストのフランス、あるいはベスト4に躍進したモロッコは、それぞれキリアン・エムバペ、ウスマンヌ・デンベレ、ハキム・ジイェフと、サイドに崩し役を擁していた。

 エムバペの左サイドでの破壊力に関しては、改めて書く必要はないだろう。単純なスピード勝負で相手を置き去り。このレベルでは、ほとんどあり得ない光景だった。瞠目すべきは、トップスピードの中で繊細かつ豪快なテクニックを見せ、豪快なシュートを放っていた点だ。

三笘は日本の希望

 そして、日本にも希望がある。

 ブライトンに所属する三笘薫の崩しのスキル、スピードは変幻自在で、ワールドクラスだ。

 カタールW杯後、三笘はプレミアリーグでは先発を勝ち取って、アーセナル、エバートン戦で連発。どちらもファーストタッチの質の高さで先手を取って、勝負を決めている。急角度に方向転換を繰り返せるドリブルは、強力なダメージを与える。直近のFAカップ、ミドルズブラ戦でも、アシスト記録で大勝に貢献し、止められない存在になってきた。

 まだ、経験は足りない。しかしこれからマークが厳しくなって、優れたディフェンダーとの対峙を重ねることで、殻を破るだろう。マドリードのヴィニシウスと比べても、ドリブルは遜色がない。そしてシューターとしてのセンスは、三笘の方が上だろう。1、2年後にはビッグクラブの主力でプレーしているはずだ。

 次のW杯で日本が躍進するには、必然的に三笘を生かす布陣が求められる。少なくとも、カタールW杯の「スーパーサブのウィングバック」は適切ではない。指揮官の消極性から生まれた産物で、開始直後のエネルギー満点の相手であっても、彼のドリブルは脅威になる。騎兵には自由に突撃できる状況を作るべきで(馬から降りて塹壕で迎え撃つ姿勢も必要だが)、攻撃が最大の防御になるはずだ。

 世界のサッカートレンドを引っ張るのは、崩し役たちである。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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