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森保ジャパンの4年間。なぜドイツ、スペインを倒し、コスタリカに敗れたのか?クロアチア戦の「現実」

小宮良之スポーツライター・小説家
クロアチア戦で円陣を組む森保ジャパン(写真:REX/アフロ)

森保ジャパンの信条

 森保一監督が率いた日本代表は4年間、一つの信条を貫いた。

「いい守りがいい攻めを作る」

 いつだって、その理念を重んじてきた。受け身的で、「どう勝つか」よりも「どう負けないか」を出発点にしていた。例えばフォーメーションは4−2−3−1を手始めに、その後は4−3−3を採用し、4−2−3−1に戻し、W杯本大会では電撃的に5−4−1も取り入れた。しかし、すべてがその信条を実現させるための変化だったと言える。

 そして必然的な選手選考になった。

 相手が嫌がるようにアップダウンを繰り返せる選手、ライン間で相手をすり潰すファイトができる選手、裏返した時に脅威となるスピードのある選手。守りからシステムを運用できる人材を重く用いてきた。それ以外の選手は選考から漏れることになった。その傾向は就任以来、右肩上がりに強まって、カタールW杯本大会で極まった。

 その結果として、W杯優勝経験のあるドイツ、スペインという大国を下し、ベスト16に勝ち進んでいる。歴史的な偉業だろう。しかし一方、格下と見られたコスタリカには敗れた。また、ベスト8をかけたクロアチア戦では1−1のドローからPK戦で敗退している。

 森保ジャパンの4年間の変遷を検証することで、その「結果と限界」が見える。

代表の変化

 ロシアW杯後に発足した森保ジャパンは、デビュー戦ではまだ能動的な気配を濃厚に残していた。大迫勇也のようなポストプレーヤー、中島翔哉という生粋のドリブラーがチームの主軸になっていた点でも明白だろう。中盤では柴崎岳がゲームメイクし、前線では南野拓実も生き生きとゴールを重ね、堂安律が目覚ましく台頭していた。

 2019年1月、アジアカップ準優勝は一つの到達点だったか。

 同年6月、はコパ・アメリカで2分け1敗と健闘はしても勝ち切れなかった。後半から、森保監督は次々に選手を入れ替えている。例えば遠藤航が奪い取ったかに見えたボランチのポジションは、橋本拳人(ウエスカ)が君臨するようになった。世界と戦うために、ポジション争いの激化を促していたとも言えるが、停滞感は否めなかった。

 同年12月、E-1 選手権では国内組の陣容ながら韓国に敗れた。

 森保監督は苦心しながら、一つの結論へ天秤を傾かせていった。

<ポゼッションは必ずしも勝利の手段ではない。特定の選手に頼った“攻撃サッカー”は儚く、世界で勝てないだろう>

 その後は、森保監督が自身がたどり着いたシステム、役割を全うできる選手をピックアップする傾向が顕著になった。2020年はコロナ禍で代表戦がそもそも少なかったが、2021年にオマーン、サウジアラビアに敗れると、守りへの比重(4−3−3は中央を分厚くしたアンカー戦術で、2010年W杯の岡田ジャパンに近い)は高くなっていた。

 そして今年11月、土壇場のW杯代表26人発表で大迫を代表から外したのも、「サッカーをする」という気は失せていたからだろう。

 大迫は森保ジャパンの軸だった。彼が収め、周りが得点をした。それが一つの形だったが、衰えは明らかで代役も立てられていなかった。

 その結果、極端な選考になっている。

<相手に自由にやらせない消耗戦>

 それを実行できる選手を選んでいる。最後の26人のメンバーは、森保監督が4年間の変遷の象徴だ。

 例えば、前田大然、浅野拓磨の二人は本来、当落線上ギリギリの選手だろう。ゴールアベレージで言えば、決して高くない。また、キープやポストワークなどうまさも感じないFWである。

 しかし、二人は肉体的な強さや犠牲精神で突出。裏に抜け出るカウンターFWとしての特性も、チーム戦術にぴったりだった。前田が信じられない回数のスプリントで、ゴリゴリのプレスをかけ続け、相手を消耗させる。後半になって、代わった浅野が強度を保って相手を追い込むーー。それはカタールで一つの勝ちパターンになった。

コスタリカ戦の真実

 一方でコスタリカ戦、上田綺世が先発出場し、完全な不発だったのは、森保ジャパン最大の皮肉だった。

 カタールW杯で対戦した唯一の格下だけに、森保ジャパンは「サッカーをしよう」としている。自分たちが高い位置までボールを運び、完全に守備を崩し、スペクタクルを生み出そうとした。相手が日本をリスペクトし、リトリートしてくれたのもあった。

 しかし、サッカーは甘くはない。上田は前線で得意の裏抜けやギャップでもらいシュートへ行く動作をしたが、何の練度もないチームで孤立。慣れないポストプレーを失敗し続け、批判の的になった。

 戦術面の話で言えば、悪いのは上田ではない。森保ジャパンが、それだけ特化したチームになっていたのだ。

 それは進化と呼べるのだろうか?

 森保ジャパンは、強い相手に対し、勝つことに対しては確かに極まった。ドイツ、スペイン戦の勝利は最たるものだろう。現場で取材し、大番狂わせには問答無用の喜びも感じた。

 しかし、欧州のトップリーグでプレーを重ねる選手が、かつてないほどいる陣容で、凡庸な戦い方を選んでいた。単刀直入に言えば、指揮官には予想を超えるアイデアで選手の力を引き出してほしかった。行き着いた「弱者の兵法」は、2010年の南アフリカW杯に時間を巻き戻すもので、2018年のロシアW杯から後退していた。今回、歓喜を起こせたのは選手の力量向上のおかげだ。

「(攻撃の選手として)ストレスは抱えながらやっていますが、チームのために犠牲を払わないといけない、というのもわかっていました。活躍できた選手、悔しい思いをした選手が両方いて。これがワールドカップなのかなと。ここでは結果がすべてで」

 鎌田はそう洩らした。歪みのようなものを目にしたはずだ。

クロアチア戦の光と影

 そして決勝トーナメント1回戦のクロアチア戦こそ、すべてが集約されていた。

 前半45分、森保ジャパンは互角以上に渡り合っている。開始早々から猛攻で、ショートコーナーから決定機。その後も攻防の中、低い位置からでも蹴らずにつなげた。ボールを握り、運び、奪い返し、ひらめきを駆使し、サッカーの醍醐味があった。遠藤航と鎌田大地のホットラインは抜群で、伊東純也は右サイドを脅かした。終了間際、堂安律が入れたボールのこぼれを前田が押し込んで先制に成功し、一つの攻撃が完結していた。

 しかし後半も続けるだけの体力、もしくは練度がなかった。急造だけに、守備の方に弱点も出た。例えば右サイドの守備は弱く、本来はアタッカーでウィングバックに入った伊東純也が狙われる。後半10分、クロスというよりはロングボールに近い放り込みを、ファーサイドで伊東がペリシッチに前へ入られ、豪快にヘディングで叩き込まれた。

 森保監督には、同点に追いつかれる前に守備を固める交代策を施す機会があった。酒井宏樹を守備の補強に入れるべきだっただろう。しかしそれを逃してしまい、その後も守備の修正ができなかった。

 一方、攻撃にも手を入れ、今回の大会「攻撃の戦術」に近かった三笘薫をできるだけ早くぶつけるべきだっただろう。途中出場を命じたものの、タイミングが遅い。それも攻撃に専念できるポジションで使うべきなのに、一度当たりくじになったウィングバックでの起用を捨てきれなかった。

 また、鎌田を下げた采配も疑問が残る。前線と中盤をつなげ、テンポを作れる選手を不在にさせた。これ以降、ボールがほとんど落ち着かない。勝ち切ることを目指すなら、実に消極的交代だった。疲労が激しかった守田英正を下げ、鎌田をボランチに下げるのも一つの手だったか。4バックにする選択肢もあった。

 後半途中で「PK戦狙い」に切り替えたも同然だ。

 結果、2010年に南アフリカでベスト8をかけたパラグアイ戦、0−0からPK戦で負けた試合の再現に近かった。

「ハーフタイム、1−0では足りない、というところで。2点目を取れなかったのは痛かったですね。ゲームを支配する時間は作れていたので。プラン通りに行けたと思いますが、相手の守備も堅かった」

 試合後、主将である吉田麻也は試合を振り返り、戦いを総括している。

「4年前(のW杯)は、時間が長引くほどにきついな、というのはありましたが、今回は(後半になっても)選手たちが特徴を出せるようになって、間違いなくチャンスも増えて。だからこそ、後ろは我慢、というのもできました。1点やられましたけど、3枚(のセンターバック)はほとんどやられていない。個で守り切れる選手も増えました」

 守りありき、で戦う必然もあった。吉田、板倉滉、冨安健洋の3人は「世界」と対峙できるディフェンダーだ。

「いい守りが、いい攻めを作る」

 その信条は、彼らを勝利に導いたわけだが…。

ベスト8の間を分かつ「壁」の正体

 しかし、クロアチア戦は前半から勝ち切れる感覚があった。戦力を糾合すれば、十分に勝機はあっただろう。早い時間帯で引き分けに流れるのではなく、攻めに回ることができたら、展開は違っていた。4年前のロシアW杯ベルギー戦では難しかったが、今回は勝ち筋があったのだ。

 弱者の兵法で物語を紡いだのは素晴らしいが、この形ではベスト8に進めないのではないか?

 結局は、選手の力がモノ言う。そして、選手をどう使うか。その2点に、ベスト8に行き着くための「壁」を越えられるかどうかの答えはある。

 例えばベスト4に進んだクロアチアやモロッコも堅守速攻型だったが、攻めに転じた時、確実に自分たちの時間で攻めることができたし、それだけの技術も持っていた。イバン・ペリシッチ、ハキム・ジイェフは変幻自在で、ルカ・モドリッチ、アゼディン・ウナヒも戦術システムに縛られていなかった。3位決定戦は典型的で、むしろオープンな展開で”殴り合い”になっていた。

 ベスト8以上に進むには、相手をノックアウトするパワーも持たなければならない。例えばフランスのキリアン・エムバペのように圧倒的な個で勝利を引き寄せ、アルゼンチンのリオネル・メッシはどの状況でもチームをけん引。引き換えにエムバペは前線で力をためているし、メッシは他の選手の半分も走らず、戦術の中で生かされている。

「自分が、W杯でチームを勝たせられる選手になれるように」

 今大会、最も得点の予感をさせた三笘はそう洩らしている。トップクラブで実力を高めることは必要だろう。

 一方、指揮官は彼のような攻撃の選手のキャラクターを、もっと引き出すような戦い方を用意すべきである。それに取り組むことができなったら、壁に近づくことはできても阻まれ続けるだろう。いくら守りを固め、凌ぎ続け、たどり着いたとしても、壁に当たる。

 それが、森保ジャパン4年間の総括だ。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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