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渦巻く森保監督解任論。次期監督はグアルディオラ?

小宮良之スポーツライター・小説家
カタールW杯アジア最終予選で指揮を取る森保一監督(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

森保監督への不満

 日本代表の森保一監督が、批判の集中砲火を浴びている。メディアの矛先だけではない。サッカーファンの怒りや不満が、さながら炸裂弾の様相を呈しているのだ。

「森保監督の解任を!」

 そんな声が大きくなっている。選手選考、起用法、戦い方、交代策など、あらゆるものが俎上にのせられ、批判のタネになっているのだ。

 確かにふがいない試合が続いている。OBの「やる気が見えない」という感情論は別にして、FW古橋亨梧のサイドでの起用一つとっても違和感を助長。欧州の有力クラブではストライカーをサイドに置いて得点源にする戦い方もあり、単純な否定はすべきではないが、結果が出ていない以上、不満は消えない。アジアカップ、東京五輪とタイトル獲得の一歩手前で躓き、W杯に向けて不安が増幅しているのだ。

 しかし、簡単に代表監督を代えられるものか?

 当然だが、容易ではない。

代表監督とは?

 代表監督は、特殊な立場である。一国を背負う、相応のキャリアや経験が必要になる。国民の目に晒されながら、集団を率い、戦い方を決断し、結果を出すことが仕事だ。

 その重圧はとてつもない。言うまでもないが、誰もができる仕事ではないのである。

 まず日本人監督で、森保監督以上の人材は限られる。

 森保監督は、サンフレッチェ広島監督時代には3度のJリーグ優勝を経験。その経歴は輝かしい。ナビスコカップ(現行のルヴァンカップ)、天皇杯でも準優勝し、クラブワールドカップでは3位になった。そしてロシアワールドカップ後、人材をアップデートし、ウルグアイに勝利するなど代表監督としても実績を重ねている。

 現段階で、森保監督を上回る人材を日本人で探すとなると、断言して推薦できる人物が何人いるか。

 鬼木達(川崎フロンターレ)、長谷川健太(FC東京)は追随する人材ではあるだろう。しかしながら現実的には各クラブとの契約があるわけで、すぐには動くことはできない。また、この段階で監督交代をして、代表チームを強化できるのか、まるで未知数だ。

 個人的には斬新な論理を落とし込める風間八宏氏の登用を推したいが、それも難しい。風間氏はセレッソ大阪の技術委員長で、やはり博打的な決断となる。フリーの人材を探そうとすると、よほどのタイミングがなければ難しく、二の足を踏む。内部昇格の場合、もはや緊急事態だ。

 そうなると、海外の有力監督との契約をまとめられるか、になる。

 そのためには、代表の強化関係者が海外の監督ルートへ独自に入り込み、粘り強く交渉を制し、サインまでたどり着く必要がある。それには交渉スキル・時間・労力が欠かせない。しかも、それで契約した代表監督が必ずしも日本サッカーにフィットするか、保証はない。

外国人監督の難しさ

 筆者は拙著「おれは最後に笑う」(東邦出版)に「ザックを探し当てた男たち」というルポを収録している。スポーツ誌「Number」で発表した作品だが、2010年南アフリカワールドカップ後、当時の日本サッカー協会技術委員長の原博美、霜田正浩の二人がアルベルト・ザッケローニ監督と契約を結ぶまでの格闘を描いている。

 海外の代理人や監督との虚々実々の駆け引きは、とても生々しかった。当たり前だが、テレビゲームのように決まった値段でポチっとボタンを押し、契約成立ではない。まずは信頼関係を築かなければならず、常に横やりが入り、金額の折り合いをつけつつ、決まった、と思った瞬間に、覆されることもしばしばである。

 そして外国人監督は、必ずしも好結果をもたらさない。例えばザッケローニ、ハビエル・アギーレ、ヴァイッド・ハリルホジッチの3人は利点の一方、それぞれ問題を抱えていた。

 ザッケローニは発足当初は名将の誉れも、長い時間、指揮を取ることで集団を倦ませ、最後(ブラジルワールドカップ)は指揮官自身も慎重さが頑迷さになり、我を失っていた。アギーレは監督としての力量は十分だったが、八百長疑惑に巻き込まれ、解任せざるを得なかった。そしてハリルホジッチは発信者としては名を売ったが、傲岸不遜な言動で現場での支持を得られていない。

 そして外国人監督は、日本サッカーへの基本的知識量が少ない問題が横たわる。どの選手を選ぶか、それを一から行えば齟齬が出るのは当然(クラブなら限られた選手で掌握しやすいが)。喩えて言えば、日本人指導者がフィリピン代表監督になるようなもので、基礎的な情報が足りない。結果、サプライズを連発してニュースにはなるが、ほとんどは失敗し、やがてスカウティング力への不信感が生まれる。

 日本を知らないことで発想の斬新さはあるものの、日本文化、道徳とかみ合わず、それだけで相当な労力を費やすことになるのだ。

有力な監督候補は年俸10億円以上

 外国人監督はメリットデメリットが大きく、その結果、世界的にも自国指導者を登用する傾向が強まっている。選んでみたが、日本サッカーへの献身性が疑わしい、もしくは肌が合わない。それでクビにするのでは、マネジメントは息詰まる。契約は複数年が基本だけに、その解除だけで莫大な違約金を払う。その上で代わりを見つけ出す必要があり、連続して失敗した場合、財政的に深刻な事態だ。

 そのリスクを冒しても、森保監督の後任として外国人指導者を探すべきか?

 覚悟が問われる。

 極東までやって来て、采配を振るいたい、という鋭気に満ちた代表監督候補は限られる。基本的に、有力な指導者はクラブチーム優先で職場を探す。日々、選手たちと触れ合い、週末のリーグ戦を戦う。多くの指導者はそこに喜びを感じるからだ。

 そもそも、日本で知られるような名将はなかなか手が出ない。ジョゼ・モウリーニョやカルロ・アンチェロッティなどの年俸は10億円以上。日本代表の外国人監督の上限は3億円がせいぜいだ。

 無論、「日本を指導したい」と関心を持つ名将もいる。その選択肢は、常に模索すべきだろう。ただ、「成績不振の監督の後釜に」というオファーに応じる”職探し中の監督”に舵取りを任せるべきではない。暗躍する代理人から持ち込まれる話ではなく、協会強化部で監督を常にリスト化し、交渉、契約の駆け引きに勝つ準備をしておく必要があるのだ。

日本代表監督、グアルディオラという浪漫

 そこで荒唐無稽な話かもしれないが、世界的名将、ジョゼップ・グアルディオラを招聘することは不可能か?

 拙著「レジェンドへの挑戦状」はヘスス・スアレスとの共著だが、その中で、スアレスが知己のグアルディオラに「日本代表監督をやってみたいか?」と尋ねている。グアルディオラはイエスもノーも答えなかったが、あり得ないことは断固としてノーと言う性格だという。彼が2023年にマンチェスター・シティとの契約を終えた後、代表監督への”転身”を希望しているのは周知の事実。補足するが、グアルディオラが参謀役としてシティで師事しているのは、ヴィッセル神戸を率いていたファン・マヌエル・リージョだ。

 日本サッカー協会として、じっくりとグアルディオラと交渉するのはどうか?お金以上の何かを理由に、交渉の席に着く準備はあるだろう。カタールワールドカップ後を見据えると、それも一つの選択肢だ。

 監督選びには、それくらいの浪漫があって欲しい。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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