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橋本拳人、ワールドカップへの逆算。遠藤航や田中碧などボランチ激戦区に挑む!

小宮良之スポーツライター・小説家
キルギス戦、ボールを睨む橋本拳人 撮影 高須力@tsutomutakasu

 カタールワールドカップに向け、日本代表のボランチは激戦地となりつつある。今シーズンのブンデスリーガでベストイレブンに相当する活躍をした遠藤航、Jリーグで今やMVPクラスのプレーセンスを見せる田中碧。二人はU―24代表でコンビを組み、そのプレーを熟成しつつある。そしてロシアワールドカップにレギュラーで出場した柴崎岳、6月の代表戦で出場時間を増やした守田英正や川辺駿のような選手も出てきた。

 森保ジャパンでは、ボランチとして定位置を取りつつあった橋本拳人(FCロストフ、27歳)もうかうかしていられないが、激しい競争を少しも恐れていない。

「ワールドカップまでに最高のボランチになれるように」

 その志向が、橋本の生き方なのだろう。

ロシア挑戦という生き方

 橋本は俊敏でしなやかなで、攻守の間合いが広く、ダイナミズムを感じさせるMFだ。

 身体能力の高さは際立つが、単なるパワーやスピードではない。例えばボールにアプローチする出足の良さに並外れたものだが、それは相手の隙や乱れを読む目や判断も含めたものだろう。球際では関節が外れ、足が伸びるようにしてボールを奪い取れる。また、ゴール前に向かうときは、ユースまでFWだった当時の迫力や予測が出色で、神出鬼没。U―24での先制点は真骨頂だった。

 良い守備が、良い攻撃を創り出す。サッカーの定理を体現するようなプレーヤーと言えるだろう。

 そのプレーの本質は「機転に良さ」にある。

 頭の回転が速く、常に正しいポジションを取って、攻守にアドバンテージを取れる。例えば相手のコントロールのミスを誘えるし、ボールのこぼれる場所を予測できる。また、迅速に正確にパスをつけ、味方にも優位を与えられる。周りを補完し、良さを引き出し、チームそのものを生かせる。機転の良さは、サッカーIQにも言い換えられる。

 橋本はその技術を高めるため、海を渡る決意をした。それも、ロシアという選択だった。

―今からタイムマシンで過去に戻り、FC東京の下部組織に入った“中一の拳人”に会ったら、なんと声を掛ける?

 その問いかけに、日本代表MF橋本はこう答えている。

「どうですかね…。当時の自分は、何もわかっていないはずだから。でも、壁を乗り越えていけば、必ず先に何かあるからって。やっぱり、それは言うし、子供の俺も分かっていると思います。自分は、自分に起こるすべてのことに意味があると思っているんですよ。機会が来たら、それは決して遅いことはなくて、それがベストのタイミングなんだって。あとはやるしかない」

 橋本はそう言って、ロシアに旅立った。

 2020年7月、世界はコロナ禍の真っ只中。新しい一歩を踏み出すのには躊躇する気配が蔓延していた。ロシアという国ならなおさらで、2019年には優勝争いをするFC東京でJリーグベストイレブンにも選ばれていただけに、主力選手としての「安住」も選べた。しかし、彼は少しも怯んでいない。所属していたFC東京の強化部に直談判し、正式オファーがあったロストフ移籍へ能動的に動いた。

「FC東京では中学のころから、“立ち向かえるか、乗り越えられるか”というメンタリティを叩き込まれて。それで乗り越えた時、ぐっと行くという感覚が自分のものになってきたんです。それが、今につながっているんだと思うんですよ」

 彼は自分に忠実なのだ。

不条理な世界で成長する

 橋本がプレーするロシアプレミアリーグは、最新のUEFAランキングで8位につけている。ポルトガルが6位、オランダが7位、ベルギーが12位、トルコが16位、ギリシャが19位、アゼルバイジャンが28位。日本代表選手が多く所属するリーグと比べてもそん色はない。フィジカルコンタクトが激しく、切り替えも早く、とびっきりのカオス。かなりハードなリーグだ。

 所属するロストフで、橋本はバレリー・カルピン監督のマンマーク戦術を体感している。「これも行っちゃっていいの?」。最初は戸惑ったと言うが、徐々に適応し、シーズンでチーム最多6得点を記録。ケガでの離脱もあったが、定位置を奪い取った。機転の良さが生き、進化のプロセスにある。

「毎試合、12キロ後半は走っていますね。プレースタイルはころころ変わります。自分はそれに合わせられるのがいい、と思ってやっています」

 橋本は言う。

「自分は相手選手とガチャンと当たって、ボールを奪うようなプレーが好きで。海外の選手はそこで勝負して来る。そこでの駆け引きができるのは、シンプルに楽しい。自分の間合いに敵が入ってきたら、“削りに行くぞ”という感じの勝負に興奮するというか」

 ロシアの屈強な選手たちと戦い、不規則に変わる戦術にも順応し、日々鍛えられている。そこには不条理な「世界」がある。異なる文化や人々に適応することで、初めて選手として別次元に辿り着けるのは、中田英寿、長谷部誠、本田圭佑、岡崎慎司、長友佑都、香川真司、吉田麻也、酒井宏樹、南野拓実など各ポジションの選手たちが証明していることだ。

撮影 高須力@tsutomutakasu
撮影 高須力@tsutomutakasu

成長しない限り、ここに居場所はいない

 5・6月の日本代表シリーズで、橋本は全試合に出場している。ミャンマー戦は後半24分から、U―24日本代表、タジキスタン、セルビアはいずれも先発し、キルギス戦は後半16分からピッチに立った。U―24、タジキスタン戦は連続得点を記録。5試合で振り返れば、十分に及第点が与えられるプレーだったが…。

「ゴールは良かったですが、それ自体は自分の仕事ではないんで」

 4-1と勝利したタジキスタン戦後、3点目を決めた橋本は浮かない顔で言っている。

「前半は攻めあぐねてしまって、(ボランチとして)もう少し前に厚みを作りたかった。試合中に修正できるようにならないといけないですね。お互いの連係はもちろんですが、まずは個人戦術のところで、自分のプレーを出せたかというと手ごたえがないんで。改善点は多くあると思います。一人一人がもっと何ができたか、考えないと」

 彼は野心的だった。次のセルビア戦では、その気負いで空回りしてプレー精度が狂っていたが、キルギス戦で途中出場した時には、守備からの原点に戻って味方の攻撃を促した。停滞していた試合を良い守備から動かし、決着をつけさせている。結局のところ、サッカーはトライ&エラーの連続で、その過程に成長はあるのだ。

 キルギス戦、橋本はらしさを見せた。味方がもたついてカウンターを発動されかけた時、狩りをする猛禽類のように食らいつき、奪い取ってかわしながら、パスを展開。雄壮なプレーは一つのハイライトだった。

 もう一つ、センターサークル付近で五分五分のボールを自分のものにし、二人を置き去りにした後、山根視来に完璧なスルーパスを送っている。反応の速さ、プレー強度、ビジョン。どれも相手を凌駕し、守から攻の切り替えポイントになっていた。

「成長しない限り、自分はここ(代表)に居場所はない。自分は0か、100か、の選手だと思っています。ワールドカップまでに最高のボランチになれるように」

 そう語る橋本は自分を追い込む。世界は甘くはない。立ちはだかった壁をよじ登る、あるいは打ち壊す。そこに開ける風景を見るために自分を駆り立てるのが、彼の人生だ。

「やったります!」

 彼はそう言ってやってきたのだから、そこに答えはあるはずだ。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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