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イニエスタも、ビジャも去った。「無敵艦隊」は再び世界を制するのか?

小宮良之スポーツライター・小説家
南アフリカワールドカップ決勝、スペイン代表イレブン(写真:ロイター/アフロ)

無敵艦隊の称号

 スペイン代表は一時、隆盛を誇っている。EURO2008で優勝し、1964年以来の欧州王者に。続く2010年の南アフリカワールドカップも決勝でオランダを撃破し、初の世界王者となった。そしてEURO2012でも戴冠し、連覇に成功した。ワールドカップで優勝して欧州王者になるのも、EUROを連覇するのも初めての偉業だ。

「無敵艦隊」

 それは本大会では優勝候補の一角に名前を挙げられながら、結局は勝ち切れない揶揄が込められていたが、いつしか相手を震え上がらせる称号となった。

 しかし、その後は威光を失う。

大幅な世代交代

 2014年のブラジルワールドカップは、まさかのグループリーグ敗退。EURO2016も期待外れで、ラウンド16で大会を去った。そして2018年のロシアワールドカップは予選こそ無敵だったが、本大会開幕直前に監督が交代するドタバタ、ラウンド16で敗退した。

 無敵艦隊のメンバーは、これを機に大きく入れ替わっている。アンドレス・イニエスタ、ジェラール・ピケ、ダビド・シルバの主力3人は、代表引退を宣言。他にも、かつて栄光に浴したイケル・カシージャス、シャビ・エルナンデス、シャビ・アロンソ、ダビド・ビジャ、フェルナンド・トーレスはすでに現役を退いており、大きく様変わりすることになった。

 現状では、代表最多キャップを更新したセルヒオ・ラモス、キャプテンの一人であるヘスス・ナバス、中盤のプレーメーカーであるセルヒオ・ブスケッツの三人が残るのみだ。

 EURO2020、スペインはルイス・エンリケからロベルト・モレノ監督で本大会出場を手にしている。予選後、モレノから再びエンリケが監督に交代(エンリケ監督は、娘の重病で一時、監督を退いていた)。EUROはコロナ禍で延期された状況だが、2022年のカタールワールドカップに向けても、原則はエンリケ体制で挑むことになる。

 では、新たな無敵艦隊は再び世界を制することができるのか?

充実したMF

 今年10月、スペインはクリスティアーノ・ロナウドを擁するポルトガル代表と一戦を交えている。

 この試合で躍動したのは、攻撃的MFダニ・オルモ(ライプツィヒ)だった。左サイドからチャンスを作り出し、何度もゴールへ迫っている。オルモはバルサの下部組織育ちだが、ユースに昇格する道を断って、クロアチアのディナモ・ザグレブとプロ契約を結び、十代で大人たちを相手に戦い、今の地位を勝ち取った。プレースタイルは、イニエスタに近いか。

 最強時代、スペインのサッカーを支えたのは、テクニカルでコンビネーションに長けた選手たちの存在だった。小気味よいパス攻撃は、擬音語からティキタカと呼ばれた。その点、オルモは継承者と言えるだろう。

 MFは、人材に事欠かない。ポルトガル戦で先発したダニ・セバージョス(アーセナル)、セルヒオ・カナレス(ベティス)はその一人だろう。交代出場したミケル・メリーノ(レアル・ソシエダ)、ロドリ(マンチェスター・シティ)も戦術センスに長けたMFで、ボールゲームの申し子。また、チアゴ・アルカンタラ(リバプール)、ファビアン・ルイス(ナポリ)も主導権を握る能動的なサッカーに欠かせないMFだ。

 次世代のスペインU―21代表にも、リキ・プッチ(バルサ)、ブライム・ディアス(ACミラン)という逸材を擁する。この世代では、マルティン・スビメンディ(レアル・ソシエダ)も、昨シーズンはBチームでシャビ・アロンソ監督の薫陶を受け、リーガで首位を走るチームのプレーメーカーとして進化を遂げつつある。

変化の象徴、アンス・ファティ

 バックラインも顔ぶれは変わった。ポルトガル戦は、セルヒオ・ラモスはベンチスタートだっただけに、一新された印象だ。

 GKはケパ・アリサバラガ(チェルシー)、DFは右からセルジ・ロベルト(バルサ)、ディエゴ・ジョレンテ(レアル・ソシエダ)、エリク・ガルシア(マンチェスター・シティ)、セルヒオ・レギロン(トッテナム)。この日は先発から外れたが、パウ・トーレス(ビジャレアル)も、次世代を担うセンターバックだ。

 そして変化の象徴と言えるのが、9月に行われたウクライナ戦で代表史上最年少ゴールを決めた17歳のアンス・ファティだろう。

 アンス・ファティはゴールに近づくにつれ、技術が上がる。決定力の高さはバルサでデビュー以来、証明済み。相手を背にしたプレーなどは不得意だが、裏に抜ける感覚は天才的で、キック技術も高く、今シーズンは風格さえ漂わせ始めている。

新鋭、アダマ・トラオレ

 もう一人、新たな波と言えるのは、ポルトガル戦でデビューを飾った24歳のアダマ・トラオレ(ウルバーハンプトン)だ。 

 トラオレも、バルサの下部組織育ち。十代までは小柄だが、テクニカルでスピードに長けたが、トップには定着できなかった。その後、プレミアリーグでパワーを身につけ、右サイドをラグビー選手のような迫力ある突進で駆け抜ける。

「ウェイトトレーニングはしたことない。自然に身についた」

 トラオレは言うが、肉体はひときわ目立つ。特徴は、右サイドで右利きのプレーを得意とする点。縦をスピードでぶっちぎり、守備をかち割る。

「アダマ(トラオレ)は、あまり見かけない選手だろう。鍛え上げた肉体でスピードに長けるが、それだけではない。ボールを扱う技術にも優れる。彼のような選手をチームに適応させ、その能力を生かすのは大事なことだ」

 エンリケ監督もそう言って、期待を込める。

 すでに、イニエスタも、ビジャも去った。チームは変革を余儀なくされる。人材はいるだけに、どうピースを合わせるか。

 現在、スペインのFIFAランキングは6位。世代交代を進めながら、実績も残しつつある。新戦力も力を見せつけ、悲観する現状ではない。

 無敵艦隊は、着々と次の戦いの準備を整える。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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