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バルサ新監督クーマンは、沈みゆく船の舵を任されたのか?退団騒動メッシとの関係は…

小宮良之スポーツライター・小説家
バルサ監督就任会見に臨むクーマン(写真:ロイター/アフロ)

バルサ激震

 FCバルセロナに、激震が走っている。

 ジョゼップ・マリア・バルトメウ会長はシーズン後、成績不振のキケ・セティエン監督を解任。リーガエスパニョーラの連覇を逃したのに続いて、欧州チャンピオンズリーグでは準々決勝でバイエルン・ミュンヘンに2-8で大敗し、てこ入れが急務になった。そこで新たに、バルサのOBであるロナウド・クーマン監督を招聘した。

 クラブは、強いリーダーシップで決断できるクーマンを矢面に出すことで、”改革”に着手したのだ。

 しかし、バルサ号はすでに沈没船だと揶揄される。

 ここ数年、バルサはフェリペ・コウチーニョ、ウスマンヌ・デンベレ、アントワーヌ・グリーズマンなど500億円以上をつぎ込むも、その価値はすでに暴落。若手選手を”換金”するほど、金庫に札束が残っていない。他にも、クラブが契約したPR会社が、一部選手を攻撃するSNSを発信していたことも発覚した。バルトメウ会長と選手たちの軋轢は決定的と言えるだろう。遂にリオネル・メッシは退団騒動を起こし、その後に残留を決めたものの、「会長は口約束を守らなかった。問題が起こるとそれに蓋をしてきただけ」などと辛辣な言葉を浴びせている。

 尋常な状況ではない。

 クーマンは火中の栗を拾ったのか――。

クーマンの人柄

 オランダ人のクーマンは、規律と秩序を重んじる人物である。効率的、論理的に物事をとらえ、考え、行動する。導き出された答えに自信を持ち、誰であっても斟酌せず、発せられる言葉は歯に衣着せない。同胞のルイス・ファン・ハール監督に近いキャラクターの持ち主だ。

 その頭脳は明晰で、選手を束ね、見出す能力も低くはない。2011年、低迷していたフェイエノールトをひとつにまとめ、蘇らせた手腕は見事だった。また、2014年から率いたサウサンプトン時代には、世界有数のセンターバックになるフィルジル・ファン・ダイクを抜擢している。2018年から率いたオランダ代表では、EURO、ワールドカップを逃していたチームを、EURO2020に導いた。

 その点、混乱の中にあるバルサを率いる指揮官としては、適任と言えるだろう。

「メッシがいる、いないでは状況は違ってくると思う。しかし、クーマンはパーソナリティのあるリーダーで決断ができるし、どうなっても立ち向かうことはできる。”引継ぎ”とも言われるが、タイトルを取るだろう」(エウセビオ)

バレンシア時代の汚点

 しかし、クーマンに不安がないわけではない。

 2017-18シーズンにはエバートンで大型補強を行うも、クーマンは早々に解任されている。スター選手たちのエゴと対峙できなかった。中堅選手や子飼い選手はまとめられるのだが、大きな力を束ねられない不安が指摘される。頑固に貫く強さは長所だが、しばしば傲岸不遜で狭量さを見せているのだ。

 スペインでは、2007-08シーズンに率いたバレンシア時代、クーマンの評判は地に墜ちている。

「5か月で、チームを完全にぶち壊した。最後は選手に対し、別れの挨拶すらしなかった。悪い監督の典型。人間的にノーグッドだ」

 当時、バレンシアでプレーしていたホアキン・サンチェスの言葉には、憎しみが混じる。

 クーマンは就任早々、ダビド・アルベルダ、サンティアゴ・カニサレス、ミゲル・アンヘル・アングーロの3人の主力をチーム活動から排除。人間的に横暴で傲慢なやり方に、チーム内外で不満が噴出した。

「ホアキンは3000万ユーロで獲得したが、30ユーロの価値しかなかった。彼の関心は夕食で5、6本のワインが揃っているかどうか」

 クーマンはそう吐き捨て、自らを正当化した。傲然と人を見下ろすところがあり、選手の心情を汲むことはない。その感覚が欠落しているのだ。

「いつかクーマンがバルサの監督になることを願っている。そうなったら、リーガの争いは拮抗するからね」

 当時、バレンシアに在籍していたダビド・アルベルダは、ソーシャルメディアでそう発信していた。これは予言だったのか。

不必要な摩擦

 断っておくが、クーマンは悪人ではない。論理的な決断ができる。有能なリーダーと言えるだろう。

 しかし、人間の感情を考慮しない。不必要で不用意な摩擦を引き起こすきらいがあるのだ。

 クーマンは今回、ルイス・スアレスに対し、「戦力に考えていない」と電話で伝えたという。それは、長年、チームの栄光に貢献してきた主力選手への礼を失し、得策ではなかった。スアレスが冷たい対応に怒って、周りに不満をぶちまけ、チーム内に動揺を広げたことは、容易に推察できる。

 言葉が強いだけに、それが波紋を呼び、自らの首を絞める。矛盾も生む。

「このチームにいたくない選手は、必要はない」

 クーマンはそう宣言したが、「バルサでの将来が見えない」と語っていたメッシは、結局は残留の方向になった。その存在は、すでにクーマンの信条に反している。多くのファンが残留に前向きでないのは当然で、100%のパフォーマンスは望めないだろう。

 メッシをどう処遇するのか。そのマネジメントはデリケートなものになるだろう。失敗すると、バレンシア時代の二の舞になる。

前途多難な船出

 クーマンは新シーズンに向け、自らアントワーヌ・グリーズマンを慰留し、中心に据える考えだと言われる。オランダ伝統のサイドアタックを好むだけに、ウスマンヌ・デンベレ、アンス・ファティ、フレンキー・デヨングを重用する可能性が高い。すでにイヴァン・ラキティッチを放出し、主力を売り払えば、移籍金だけでなく巨額のサラリーからも解放され、補強も可能だろう。オランダ代表監督だった経歴を生かし、ジョルジニオ・ワイナルドゥム、メンフィス・デパイなど代表選手たちに次々に声を掛けている(スペイン大手スポーツ紙『エル・ムンド・デポルティボ』のアンケート調査では約8割がワイナルドゥム獲得に反対)。

 しかし、選手の人員整理が進んでいない。例えばスアレスはユベントス移籍が決定的と言われていたが、未だ契約には至らず。今月12日には開幕を迎える。

 そして一つ言えるのは、バルサでは勝利だけが正義ではない。かつてファン・ハール監督はバルサで、オランダ、アヤックスの選手たちを続々と引き入れ、リーガを連覇した。そして「私が言った通りにやれば勝てる」と傲然と言い放った。しかし最後まで愛されることはなく、憎しみとあざけりを背にクラブを去っている(2002-03シーズンに再任した時には、リバウドを戦力外にしたが、獲得したファン・ロマン・リケルメと衝突し、13位まで転落して解任)。

 バルサでは、戦い方が問われる。かつてない逆風を浴びるクラブの船出は、前途多難だ。 

 2021年3月には、会長選が行われる予定になっている。そこでバルトメウ会長を破り、フォント候補が会長になった場合、シャビ・エルナンデスを監督に招聘するだろう。たとえ、クーマンがどんな結果を出したとしても――。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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