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久保建英とカズの共通点。真似できない二人。

小宮良之スポーツライター・小説家
スペイン1部マジョルカでプレーする久保建英(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)

 久保建英(マジョルカ、18歳)は、日本サッカーにおける華々しい成功例になりつつある。

 十代前半で海を渡り、スペインの名門FCバルセロナ(以下バルサ)でのプレー経験を積む。日本に帰国してプロデビューし、日本代表に選出され、再びスペインのレアル・マドリーへ渡る。そして、1部リーグのマジョルカでピッチに立つ。

 今や羨望の的だろう。巧みに語学を操り、外国人選手の中に入っても、少しも物おじしない。度胸の良さを持っているというのか。

 しかし久保を模範にしても、久保のようにはなるのは難しいだろう。

久保と共通点のあるのはカズ

 久保は、50歳を過ぎてもプロサッカー選手を続ける三浦知良(横浜FC、52歳)と、どこか印象が重なる。

 カズと呼ばれる三浦も、14歳でブラジルに渡って語学を習得し、プレーヤーとしても適応、現地でプロになっている。その後、日本サッカーをけん引してきたことは記すまでもないだろう。今も現役を続けるという点でも、生き字引と言うべき選手だ。

 久保とカズ。

 二人はスペイン、ブラジルというサッカー大国での経験を糧に大きく成長した点で似ている。

 しかし、若くして海を渡ったら、二人のようになれるのか?

 十代で海外挑戦することは、相応のリスクがあるのだ。

メッシは13歳でアルゼンチン人

「メッシは13歳のころから、アルゼンチン人のメッシだった」

 バルサの下部組織であるラ・マシアを取材したとき、関係者はそう意味深長に洩らしていた。

 その言葉の真意は、「一人の人間として性格がすでに形成されていた」ということだろう。アルゼンチン人特有の「負けを憎む」という行動規範というのか。絶対的な勝利主義で、そのためには苦痛にも耐えられる。例えばメッシは幼少期、成長促進ホルモン注射を毎日、自らの足に突き刺し、打っていた。

「サッカーのためなら、どうってことなかった」

 メッシ自身、そう振り返っている。

 13歳ながら、メッシはアルゼンチン人として、自己を確立していた。アルゼンチンというスペイン語圏からやってきて、言葉の問題がなかったのも大きかったが、なにより精神的に大人だった。外国に適応はしても、色に染まらなかったのである。

 では、13歳の日本人選手は日本人としての人間を形成できないのか?

日本人少年サッカー選手の海外

 パーソナリティの確立は、プロスポーツ選手が活躍する上で欠かせない。それは失敗したときに、立ち戻るべき自分を意味している。その土台のおかげで、浮つくことなく自らをかたくなに信じ、物事に向き合えるのだ。

 日本人選手はこの点、パーソナリティの成長が「緩やかだ」と言われる。「サッカーしか生きる道がない」。そこまで切迫した生活環境にないのもあるだろう。治安が良く(最近はおかしな事件も増えたが)、経済的にも恵まれているだけに、若くして自分と対峙する必要がない。また、コミュニケーションの多様性でも、国内にいると外国よりも限られ、刺激を受けにくいのだ(一方で遅咲きの選手が比較的多い。日本人はJリーグでも、三十台になって初めて得点王になる選手が多数)。

 だからこそ、幼くして海外に行くべきでは?

 そういう意見もあるだろう。

 しかし少なくともサッカー選手の場合、しばしば難しい問題に直面し、リスクのほうが高い。

海外でのリスク

 まず、言葉の面で日本人は戸惑う。疎外感で、メンタル面で消耗する。例えば、ロッカールームで他の選手が理解できない言葉で話し、笑い声をあげていると、(自分が笑いの種にされていると)被害妄想が膨らむこともある。サッカーは集団スポーツで、常に連携が必要な競技だけに、コミュニケーションが土台になる(その点、テニスやゴルフのような個人スポーツ、また、野球のように基本的に投手対打者になる集団スポーツとは異なる)。うまく意思疎通ができなければ、パスも来ないのだ。

 そこで、「郷に入っては郷に従え」というのは一つの行動パターンで正しい。ただ十代の場合、そこには無理が生じる。大きなストレスを抱え、失敗した場合、立ち戻れる自分もないのだ。

 筆者は、スペインで多くの日本人少年がプロを目指して挑戦する姿をルポした。しかし、どのケースも夢にはたどり着けていない。たどり着けても、長くは続けられていない。南米や欧州などでプロサッカー選手になることを目指し、過去に数百人、千人以上が留学しているが、どれも見果てぬ夢に終わっている。

 欧州で活躍する日本人選手も、多くはJリーグでプレー経験を積んでいる。プロサッカー選手としての土台がないと厳しい。無理をすると体が変調をきたし、怪我が多くなったり、深刻なスランプから抜け出せなくなったりする。たいてい、精神的に擦り切れてしまうのだ。

 その点、久保とカズの二人は余人の想像を超えている。特別な存在だ。

久保は稀有な存在

 久保も、カズも、事情も違うし、才能も異なる。しかし、圧倒的なパーソナリティで、未踏な地を切り開く力強さを感じさせる。どちらも適応と成長を同時に行い、凡人が壁とみなすものを軽々と乗り越えられる。だからこそ、海外でつぶれそうになるところ、その度胸の良さで、むしろ才能を触発させることができるのだろう。

 中田英寿、本田圭佑の二人も、久保とカズに近い。

 ただ、久保は中田、本田のような近寄りがたさを作らず、闊達に周りを喜ばせる胆力を備える。ミックスゾーンでは立ち止まり、記者の質問に答える。儀礼的な答えではない。自分の言葉で、それぞれの問いに答えられる。鷹揚さ、寛大さを持っている。クラブの営業のため、試合に来た芸人のネタをゴール後にするなど、17歳の選手にできる芸当ではない。

 久保は16歳でFC東京のトップチームに加わった時から、自然な様子だったという。自分のリズムで、卑屈にならず、一方で礼儀も失わず、周りと調和した。それは非常に珍しい事例だったと言える。

 カズも明るい。赤いスーツで授賞式に登場し、周りを驚かせたことがあったが、稀有のスターと言える。人を楽しませるのが好きなのだろう。

 スターは目立つことを恐れず、自ら輝く。簡単にはなれるものではない。でも、なりたい、と願うのが、彼らのようなスターなのだろう。  

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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