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イニエスタを継ぐ者たちは現れるのか?

小宮良之スポーツライター・小説家
「バルサの申し子」イニエスタはJリーグでも異彩を放っている。(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

神懸かるイニエスタ

 ヴィッセル神戸の元スペイン代表MFアンドレス・イニエスタは36才になるが、今もJリーグで比類のないプレーを見せている。

 第17節、名古屋グランパス戦で見せたプレーの数々は、どれも格別だった。クリアされたボールを、エリア外からディフェンス、ゴールーキーパーの裏をかくシュートを左隅に蹴り込む。あるいは、敵二人に囲まれながら、ほぼ背後へスルーパスを出し、PKを誘い、それを自ら決めた。また、得点にはつながらなかったが、押し込まれた時間、自陣からダビド・ビジャへ通したロングパスは息を呑む水準だった。

 その技の一つ一つは、FCバルセロナ(以下バルサ)の下部組織であるラ・マシアで培われている。トップチームでは一流選手たちに揉まれ、洗練された。さらに、スーパープレーヤーと対峙することによって磨かれていった。

 イニエスタはバルサの選手として世界中を唸らせ、多くの栄光に浴した。

 しかし、そのイニエスタが育ったラ・マシア、そしてバルサが岐路に立っているのだ。

バルサ11人全員がラ・マシア出身

 2012年11月、バルサは試合中「11人全員がラ・マシア出身選手」という歴史的瞬間を生み出している。イニエスタもその一人だった。すでに引退したビクトール・バルデス、カルラス・プジョル、シャビ・エルナンデス、他にリオネル・メッシ、ジェラール・ピケ、セルヒオ・ブスケッツ、ジョルディ・アルバなど現在もバルサでプレーする選手がいた。

 バルサ=ラ・マシアの時代だった。

 しかし、今や隔世の感がある。現メンバーで最後にトップで定位置を取ったラ・マシア組はセルジ・ロベルトで、すでに27才になる。2013年のUー21欧州選手権で優勝したスペインUー21代表には、マルク・バルトラ、チアゴ・アルカンタラ、マルティン・モントーヤ、クリスティアン・テージョ、マルク・ムニエサなど5名ものラ・マシア組がいたが、一人残らず消えた。その後もムニル・エル・ハッダディ、サンドロ・ラミレス、アレン・ハリロビッチ、ドンゴウ、セルジ・サンペール、オンドアなど有力な若手が去っていった。

ラ・マシア期待の二人

 ラ・マシア組はメッシ、ピケ、ブスケッツ、アルバの4人が残るも、全員30才以上で"絶滅の危機に瀕している"という印象だ。

 最近は、ラ・マシア組の流出が止まらない。サイドアタッカーのジョルディ・ムブラはバルサへの未練なく、ASモナコに移籍している。右サイドアタッカーのダニ・オルモはバルサユースではなく、クロアチアのディナモ・ザグレブ移籍を選択。また、右サイドバックとしてバルサの将来を担うと目されていた19才のマテウ・モレイが、契約更新を拒否した。移籍金なしで、ボルシア・ドルトムントへの移籍が確実視されている。

 危惧すべき状況だ。

 もっとも、人材が枯渇したわけではない。

 21才のMFカルレス・アレニャは、期待のラ・マシア組だろう。左利きでボールキープ力に優れ、敵の動きの逆を取る芸術的パスも繰り出せるし、ボールを持ち運び、連係を使い、ゴールも狙える。シャビ、イニエスタ、セスク・ファブレガスらの系譜を継ぐ選手だ。

 しかしアレニャは出場時間を増やしているが、定位置を取るには至っていない。

 もう一人、19才のMFリキ・プッチも「イニエスタの再来」と言われるルーキーである。本人曰く、シャビがアイドル。体つきは華奢だが、圧倒的な技巧とビジョンで、周りを輝かせられる。ただ、2018-19シーズンの主戦場はバルサBだった。

 今シーズンは、16歳のアンス・ファティのような規格外のアタッカーも台頭しつつある。一刻も早く、出場機会を与えるべきだろう。ネイマールに250億円も費やす必要はないのだ。

外国人選手に大枚を叩くが・・・

 2017-18シーズンからバルサを率いるエルネスト・バルベルデ監督は、ソリッドなチーム戦術を採用。それがリーガエスパニョーラ連覇をもたらしている。しかしフィジカル重視が次第に強まり、個の力に頼った堅い守りからのカウンターの色合いが濃くなって、結果的に辛辣な批判を受けつつある。補強面は深刻で、大金を使って有力選手を獲得するも、思うように稼働していない。

 バルサは今年6月30日付けで、ベルギー代表のトーマス・ヴェルメーレン、ガーナ代表のケビン=プリンス・ボアテング、コロンビア代表のジェイソン・ムリージョ、ブラジルのドウグラス・ペレイラとの契約が終了している。ヴェルメーレンに対しては移籍金を含め、4年で60億円以上も投じてきたが、ほとんどリターンはない。ボアテング、ムリージョ、ドウグラスもお払い箱同然だ。

 ブラジル代表FWマウコムには4100万ユーロ(約53億円)の移籍金を投じたが、リーグ先発出場は6、得点は1。移籍金3000万ユーロ(約39億円)のポルトガル代表右サイドバック、ネウソン・セメドは2年目だが、相変わらず定位置をつかめず、6億円以上の年俸を食い潰している。移籍金1億2千万ユーロ(約155億円)のブラジル代表MFフィリペ・コウチーニョはファンに嫌われ、"厄介者"に近い扱いだ。

 新シーズンに向けては、ネイマールの復帰、アントワーヌ・グリーズマンの獲得に天文学的な金額をつぎ込むのでは、と囁かれる。

 ドイツ代表GKテア・シュテーゲン、クロアチア代表MFイバン・ラキティッチ、ウルグアイ代表FWルイス・スアレスのように、欠かせない主力もいる。しかしネームバリューに頼りすぎた補強が多発。大金で買い取って、安く売りたたいている間、若手は貴重なプレー機会を失ってきたのだ。

バルベルデの起用法

「ラ・マシア軽視」

 そう警鐘を鳴らす声もある。

 バルベルデ監督はラ・マシア出身の若手に出場機会を与えるものの、試合に出ていない控えと一緒のケースが多い。「個でも相手を圧倒し、ポジションをつかめ」という他のチームなら真っ当なメッセージだが、バルサのオートマチズムで水を得るような選手には得策でない。ラ・マシアの若手は主力に混ぜ、力を引き出しながら、戦力にすべきだ。

 個を重視した場合、バルサの若手選手の登用は難しくなる。フィジカルプレーでは悪目立ちしかねない。そこでグアルディオラは、2部でのプレー経験すら乏しいブスケッツをあえてトップで抜擢し、メッシやイニエスタのように高い技術を誇る選手たちと馴染ませ、ボールプレーヤーとしての能力を十全に引き出した。

 もし、バルベルデのように「まずは個の力を示せ」というスタンスだったら、ブスケッツは今のような成長曲線を描けていないだろう。

バルサのオートマチズム

 その点、バルサは特殊なクラブと言える。

「無様に勝つなら、美しく負けろ!」

 ヨハン・クライフが掲げたエキセントリックな流儀を、バルサは受け継いできた。ボール技術のある選手で、コンビネーションを高め、徹底した能動的プレーで勝利する。そのために必要な人とボールの動きのオートマチズムを、ラ・マシアでじっくり叩き込んできたのだ。

 クライフが作ったバルサは、「ドリームチーム」と伝説化された。当時の司令塔はラ・マシアで育ったジョゼップ・グアルディオラだった。そのグアルディオラがバルサBを率い、ラ・マシアを再び活性化させ、バルサ最強伝説を作っている。

「ラ・マシアこそ、バルサ」

 グアルディオラはそう言い切る。その証拠に、彼自身がバルサ監督のオファーを断って、当時、実質4部まで落ちていたバルサBを指揮。昇格を果たし、ラ・マシア全体を叱咤することで、バルサの真価を取り戻した。

 ラ・マシアの戦い方の精神を継承できたら――。イニエスタを継ぐ者たちは生まれるだろう。たとえ苦しいときはあっても、それがバルサの覇権にもつながるはずだ。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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