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2年前に“予言”されていたモドリッチのバロンドール受賞

小宮良之スポーツライター・小説家
レアル・マドリー時代のジダン監督とモドリッチ(写真:ロイター/アフロ)

 2018年のバロンドールは、クロアチア代表のMFルカ・モドリッチ(33才)が受賞した。The BEST(FIFA最優秀選手賞)に続いての栄誉となった。

「バロンドール? 自分の願いは、クロアチアの選手としてW杯トロフィーを掲げることだけだよ。優勝したら、選手みんなで髪を染めることになっているんだ!」

 ロシアW杯決勝を前に、モドリッチはそう語っていた。W杯王者は惜しくも逃したが、バロンドールは図らずも見事に勝ち取った。クリスティアーノ・ロナウド、アントワーヌ・グリエーズマン、リオネル・メッシを抑えての受賞は価値のあるものだ。

 しかし2年前、その受賞をすでに予言していた人物がいた――。

モドリッチのキャラクター

 モドリッチは表に立つのが苦手なタイプの選手だった。自分のことを話すのを得意とせず、隠したがるタイプで、決して饒舌ではない。しかしおとなしい、気が弱いということはなく、むしろ沸騰するような熱情の持ち主で、ゲームで敗れた後などはその本性が垣間見える。

「Vinagre」

 レアル・マドリードのチームメイトからは、しばしばそう揶揄されるという。スペイン語で「ビネガー(酢)」が直訳だが、転じて「怒りっぽい人」「不機嫌な人」を意味する。負けると感情を抑え込んだままで仏頂面になってしまい、いつも以上に寡黙になるのだ。

 その冷静さと内に込めた激情は、かつてのスーパースターと重なった。

 ジネディーヌ・ジダンだ。

 そのジダンこそ、2016年1月、モドリッチのバロンドール受賞を”予言”していたという。

ジダンが与えた啓示

 2016年1月、トップチームの監督に就任したばかりのジダンは練習後、モドリッチを事務所の一室に呼び出している。

「ジダンは自分という選手をどのように見ているのか、何を期待しているのか、を丁寧に語ってくれたよ。『自分にとって、とても重要な選手だ』と評価してくれてね。そして、『君は明日にでもバロンドールが取れる選手だ』とも言ってくれたんだ」

 モドリッチは当時を述懐している。

「それからジダンには、『ピッチではもっと自分をオープンにし、表現していい』って言われた。チームの中で、キーマンになることを求められたよ。その結果、とても良いプレーができるようになったし、ジダンの言葉は自分には後押しになったよね」

 才能だけで言えば、モドリッチは2年前の時点で世界有数のMFだった。しかし、まだツメを隠し持っていた。ジダンによって、それは引き出されたのだ。

 モドリッチはチームを牽引するリーダーとして、その存在を示すようになった。

 象徴的だったのが、ロシアW杯準決勝のイングランド戦だろう。3試合連続で延長へもつれ込み、疲労困憊。しかも、モドリッチは接触プレーを受けて、実は歩くこともままならなかった。しかし戦う気持ちだけで立ち続け、延長後半に1点をリードすると、チームメイトに後を託すようにピッチを去っている。

「我々は終盤が近づくにつれて、体が動くようになった。みんな疲れているはずだったが、それを見せていない。誇り高い試合をした」

 主将を務めたモドリッチはそう言って、仲間たちの健闘をたたえたが、その戦いを先導したのは彼自身だ。

 その才能の輝きに、全身全霊で戦う熱に、世界中が圧倒された。

 あるいはその雄姿は、運命的なものなのかもしれない。

サッカーに純粋だった少年の才能

 モドリッチは5,6歳の頃、1991年に起こった旧ユーゴスラビア紛争に巻き込まれている。激しい内戦で、モドリッチはゲリラに捕縛された祖父が殺されるのを、その目で見たという。

 その後、家族は村を出て、森を抜け、山を越え、町に落ち延びた。新しい家を探したが見つからず、難民が暮らすホテルに仮住まいするようになった。そこで難民の子供たちと、サッカーボールを蹴っている。

 ボールを蹴るとき、少年の才能は際立っていた。やがて地元クラブでプレーするようになり、大成する。

「ルカは幼少期に、一番辛い時期を乗り越えた。だから、ピッチでも苦しい状況を好転させることができる」

 そんな言い方をする関係者もいるが、モドリッチのプレーに悲壮感はない。

「避難した後も大変なことが続いているとは、実はわからなかった」と、モドリッチは当時を回顧している。両親が息子を、できる限り戦火を感じさせない環境に置こうとしたのだ。

 モドリッチは図らずも、サッカープレーヤーとしての才能を純粋に伸ばすことができたのかもしれない。故ヨハン・クライフは「ストリートが真のフットボーラーを生み出す」という持論の持ち主だった。避難所で無心にボールを蹴る日々が、天性の才能に恵みを与えたのか――。

 そうして培ってきた能力を最後に覚醒させたのが、ジダンの言葉だったのかもしれない。

「ジダンのように人間性もあって、歴史的な人物に褒められたら、それは舞い上がっちゃうよね。彼のことを選手として憧れ、尊敬していたから。物静かで、ちょっと奥手な感じなところも、自分に似ているなぁって思っていたんだ」

 受賞後、モドリッチの告白である。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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