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ベティスの太陽。37歳、ホアキンは輝き続ける!

小宮良之スポーツライター・小説家
今シーズンもベティスのシンボルとしてプレーする元スペイン代表ホアキン・サンチェス(Daisuke Nakashima)

明るさという異能

 明朗闊達。

 それを美徳としているようなプロサッカー選手がいる。

 ホアキン・サンチェス、37歳。この夏、日本代表の乾貴士が入団したベティスの象徴的プレーヤーである。

 底抜けに陽気。カメラの前だと、とにかくおどける。カメラがなくても、おどける。人を食ったように朗らかで、悪意の欠片も見えない。

 あるテレビのインタビューで、ホアキンは「趣味は?」と聞かれたことがあった。彼は少しだけ鼻を膨らませ、「テニス」と答えている。なんでもないやりとりにも見えたが、カメラの外でマイクが拾ったケタケタという笑い声が入った。そこでチームメイトのジュリオ・バプティスタが笑いを堪えきれずに言う。

「おまえよー、テニスが趣味って、一度もプレーしたことねぇだろ!」

 これに合わせて、ホアキンも爆笑する。

「ああ、一度もない。ラケットも握ったことないもん」

 彼は身悶えするように笑った。真剣な相手に礼を失しているだろうか? あるいは、気を悪くする人もいるだろう。しかし、そういう嘘と真実の間で遊ぶのが、ホアキンの人となりなのだ。

「ピッチでのプレーで、自分を分かってもらえばいいのさ」

 ホアキンはそう言って、37歳まで風のように自由に貫いてきた。

不条理に勝てる理由

 ホアキンは解き放たれている。"こうでなければならない”という固定観念に少しも縛られずに生きている。やんちゃ、にも見えるが、意識して奔放に振る舞っているわけでも、思慮が足りずに軽率に行動しているわけでもない。言うなれば、子供のような純粋さだろうか。

 その無邪気さは、一個の才能である。

 彼が世界的に有名になったのは、2002年日韓W杯だろう。当時、ハタチだったホアキンは、スペイン代表の新鋭だった。右サイドをドリブルで切り裂く。急変化するトリッキーなドリブルは、相手ディフェンダーを翻弄した。

 ハイライトは準々決勝の韓国戦だった。ホアキンは右サイドで韓国のディフェンダーに手も足も出させない。ファウルですら、止められなかった。そしてゴールラインまで完全に抜き去って、完璧なアシストを決めている。ところが、不可解な判定でノーゴールとされた。その後もスペインは不利な判定を受け続け、PK戦に持ち込まれ、敗れている。最後のキッカーはホアキンだった。

 不条理な敗北。

 恨みに思っていても、不思議ではない。しかし不当に敗れたはずのホアキンは、こう言ってのけている。

「韓国人選手は、体力的に強かったよ。韓国の選手は、よく走る、というのは聞かされていたんだけどね。彼らはテクニック的にもかなり優れていた。ボールプレーの質の高さには、正直驚かされたね。彼らのことを知らない欧州サッカー関係者は、きっとこんなことを言うと訝しがる。けれども、彼らはサッカーに必要な素質を持っているよ。理不尽?ピッチの中では、説明が付かないようなことがしばしば起こる。たとえ、ワールドカップのようなピッチであってもね」

 ホアキンはプロの世界で、もっと不条理な者をたくさん見てきたのだろう。ネガティブなモノに取り込まれない。それ故、20年間もトップレベルでプロとしてやってこられた。

言葉が下品にならない

 37才になって、ホアキンの評価は少しも下がらず、むしろ上がっている。

 なにかに囚われることがないから、プレーヤーとしてポジションにもこだわりがない。自分がいるべき場所を得られる。若い頃はサイドを突っ走るアタッカーだったが、最近は中盤の選手としてチームプレーを動かす役割を担っている。そもそも、サイドにいたときもスピードだけを武器に戦っていたわけではなかった。相手の動きの逆を取り、優位な味方を探し、自らも生きた。集団スポーツであるサッカーの申し子だった。

 昨シーズンから指揮を執るキケ・セティエン監督のベティスは、ボールプレーを基本にしている。受け身ではなく、能動的に自分たちがボールをつなぎ、失っても奪い返して攻める。そのためのポジションをスキルの高い選手たちが丹念に取って、コンビネーションを使って攻めまくる。

 その渦の中心にいるのが、ホアキンである。

 しかし、彼自身はそんな堅苦しくは考えていない様子だ。多くのチャンスを作りながら、無得点に終わった試合後だった。

「嫌々されちゃって、なかなか入れられなかったね。あ、入れるって、ゴールのことだよ。ちょっとみんな、変な想像しちゃってたんじゃないのぉ?」

 ホアキンは顔をにやつかせて語っている。普通なら、卑猥で下品だ、と失笑されるか、負けたのに不謹慎だ、と批判の的になるかも知れない。しかし彼が言うと、笑いで収まる。次に向かおう、というムードになる。

 それはホアキンが、誰に対しても敵意は向けず、どんなときも明るく、肩の力を脱いてボールを蹴っているからなのだろう。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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