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世界王者レアル・マドリーの混乱。名将ジダンの後任監督は?

小宮良之スポーツライター・小説家
現役時代、ベンチに下がるグティ(写真:ロイター/アフロ)

船長を失った巨大な戦艦

 世界王者レアル・マドリーの行く先が見えない。

 5月26日、マドリーは欧州チャンピオンズリーグで3連覇を成し遂げている。過去に連覇したチームすらない。それを考えれば、金字塔を打ち立てたと言えるだろう。かつてチャンピオンズカップと呼ばれた時代、マドリーは前人未踏で、その後も誰もなし得ていない5連覇を果たしているが、それ以来の伝説的チームが誕生した。

 ところが、その5日後だった。指揮官であるジネディーヌ・ジダンが突然、辞任を発表。前日に会長に伝え、バタバタとした記者会見だった。耳の早いマスコミも察知しておらず、青天の霹靂となっている。

 これで指揮官を失ったわけだが、CL決勝直後にはエースのクリスティアーノ・ロナウドが退団を示唆するコメントを出していた。ロナウドは契約が残っており、勝手に出ていくわけにはいかない。しかし、もし移籍するとしたら――。

「ロナウドはチームを去るだろう」

 ポルトガルの有力紙「Record」は一面で打電。今回ばかりは、いつもの退団騒動とは違う。本人が本気のようなのだ。

 戦艦マドリーの航路はどこに?

まずは監督の選定、4つの条件

 クラブは、すかさず監督交渉に入っている。もともと、フロレンティーノ・ペレス会長が食指を動かしていたと言われ、「CL決勝の結果次第では解任も」と囁かれていた(それをジダンが察知し、失望したという見方もある)。後任候補リストはすでに作成されていたと言われる。

 マドリー監督には、大きく4つの条件がある。

「有力クラブを率いた経験」

「選手を引きつけるカリスマ性」

「ラ・リーガに精通していること」

「できれば、マドリー出身、もしくはプレー経験あり」

 筆頭後任候補に名前が挙がっていたのが、アルゼンチン人監督ポチェッティーノだ。マドリーでのプレー経験はないが、3つは条件をクリア。しかも、今シーズン率いたトッテナムがマドリーをCLで苦しめたこともあって、敵将としても評価が高かった。そしてポチェッティーノ自身も、大いに興味を示していた。

 ただ、これに待ったをかけたのがトッテナムの会長だった。

「1億ユーロ(約130億円)でも渡さない。つまり、売り物ではないということだ」

 断固として、はねつけた。この剣幕に、ポチェッティーノ自身がにわかにトーンダウンした。

「マドリーの采配を握る、というのは監督にとっては頂上だろう。しかし私はトッテナムで満足している」

 これで、監督交渉は振り出しに戻った。

浮かんでは消える候補たち

 その次に候補となったユルゲン・クロップ(リバプール)、ヨアキム・レーヴ(ドイツ代表)、マッシミリアーノ・アッレグリ(ユベントス)などとも交渉したようだが、それぞれ断られている。そもそも、契約先がある監督ばかり。タイミングとして無理があるだろう。

 さらにマドリーは、チェルシーを率いるアントニオ・コンテにもオファーを出したと言われる。2000万ユーロ(約36億円)という移籍違約金も一つのネックだが、それ以上に守備的スタイルを好むコンテに対し、マドリディスタ(マドリーファン)の否定的意見が根強い。スペインの有力紙「マルカ」のインターネットアンケートでは、「マドリー監督にふさわしくない」に投票した人が7割以上だった。

 そこで、マドリーでのプレー経験のあるミチェル、ミカエル・ラウドルップ、そしてグティらOBが候補として浮上してきた。とりわけ下部組織で監督を務めてきたグティは、有力と言われる。グティは2013年からUー12の監督をスタートし、着実に指導経験を積み、2016年からユースを率いるようになって、国内のタイトルは総なめ。今シーズンも全国制覇目前だ。

「グティはマドリーの監督になるだろう。我々は彼を監督に招聘するために、ミーティングしたが、その直後にジダンが辞任を発表。その後は、交渉が進んでいない。もし2,3日、ジダンの辞任が後だったら・・・」

 2部リーグのムルシアの会長がそう明かしているほどだ。

 もっとも、なにも確定はしていない。グティも、トップチーム(成人チーム)の監督経験はなし。トップチームでの監督経験のあるミチェルを有力視する向きもある。

 いずれにせよジダンと比べれば、どの監督候補も色あせて映ってしまうのだ。

マドリーの監督であることの難しさ

 マドリーの監督であること。

 それは、どのサッカーチーム監督を務めるより難しい。常勝への重圧だけでないのだ。

「かつてはマドリーの関係者と、しばしば口論になったよ。選手の起用法のことでね。(コンディションなどに関わらず)『とにかくピッチに立つべき選手というのがいる』と言われて。私はそこで折り合いをつけなかった」

 マヌエル・ペジェグリーニ監督は、そう振り返っている。起用法に口を出された挙げ句、監督の座を追われることになったという。信じられないことだが、人気を背負うマドリーではこのようなケースは珍しくない(例えば、マケレレやソラーリのような実務的選手は放出され、ベッカムやオーウェンのような人気選手を獲得)。ビセンテ・デルボスケ、ユップ・ハインケス、カルロ・アンチェロッティも同じように、政治的思惑に巻き込まれている。監督にとっては、うんざりするストレスだ。

 今回、ジダンが身を引いた件も、そういう中で限界を感じた部分も否めない。単純に「ペレス会長との軋轢」というのではなく、現場が優先されない瞬間がある。今シーズンの補強に関しても、戦力だったぺぺ、ハメス・ロドリゲス、アルバロ・モラタが放出されている。人気優先の補強はエスカレートし、ネイマールとの獲得交渉もその一環だろう(新入団選手はニュースになって、経済効果を生み出す)。その一方で、33才になったC・ロナウドの給料アップ交渉を拒否。フロントと現場とのズレが臨界点に達したのではないか。

 いずれにせよ、巨人マドリーのカオスは世界のサッカーの隅々に影響を与える。

「マドリーの監督オファー?嘘を流すな。誰からも連絡はない」

 ブラジル代表監督のチッチは、記者からの突然の質問に激昂している。W杯を前に集中しているところで、怒ったのだろう。飛んだ流れ弾だ。

「マドリーがくしゃみをしたら、関係クラブが風邪を引く」

 混乱の波紋は広がりそうだ。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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