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前橋育英が優勝。世界サッカーにはない「高校選手権」が担う役割

小宮良之スポーツライター・小説家
高校選手権で優勝して喜ぶ前橋育英(写真:アフロスポーツ)

 第96回全国高校サッカー選手権大会。1月8日の決勝戦は、千葉県代表の流通経済大柏と群馬県代表の前橋育英のカードになった。後半アディショナルタイム、前橋育英が決勝点を押し込み、1-0で同校初の優勝を遂げている。

 学校教育の一環として行われる高校サッカー。高校選手権はその頂点を決めると言ってもいい。Jリーグも地上波では放送されない現状で、多くの試合が民放で放送され、ユース年代としては飛び抜けて多くの観客が集まる。注目される大会を経て、プロとして活躍する選手は数多くいる。

 しかし高校サッカーという形は、欧州や南米で似たような存在はない。クラブチームが育成を担う。学校教育の一環で選手が育つケースは非常に少ない。

「高校選手権」の実状と、果たしてきた役割とは?

センターバックとストライカーの台頭が目立った大会

 今年の大会は、センターバック、ストライカーの台頭が目立った。

 優勝した前橋育英、センターバックの松田陸、角田涼太朗というコンビは同年代最高レベル。松田はガンバ大阪入団が決まっている。準優勝に終わった流通経済大柏も関川郁万はまだ2年生で、多くのJクラブが獲得を狙う。他に東福岡の阿部海大もファジアーノ岡山への入団が内定している。

 ストライカーに関しては、"豊作"と言えるかも知れない。

 長崎総科大附のFW安藤瑞季は超高校級という称号にふさわしかった。J1セレッソ大阪への入団が内定。背負ってのプレーも、ターンからのドリブルシュートも、すでに形を確立し、プロのリズムや強度に慣れたら飛躍するはずだ。

 他のFWも、昌平の佐相壱明が大宮アルディージャへ加入予定、青森山田の中村駿太はモンテディオ山形、日章学園の佐藤颯汰はギラヴァンツ北九州に入団する。また、山梨学院の加藤拓己、旭川実業の圓道将良はUー18代表。そしてヴィッセル神戸に入団内定の青森山田の郷家友太はMF登録ながら、ゴールゲッターの匂いを多分に持った選手と言える。

 一方で、今年の選手権では中盤でパスをつなぐ、テクニカルなMFは少なめだった。そうした人材は、クラブユースに引っ張られるのか。高校サッカーのほうが、勝負に徹した戦い方になるのかもしれない。

 いずれにせよ、高校サッカーは有望なプロ選手を育成する場として、重要な役割を担っている。

今も高校サッカーが日本サッカーを支える

 欧州や南米では、プロクラブが下部組織を保有。選手を育成する形が、歴史の中で根付いている。学校教育の一環で、選手が出てくるのは極めて稀。ほとんどないケースと言えるだろう。

 日本でもJリーグが1992年にスタートしてからは、クラブでの育成が主流になる、はずだった。

 しかし現実には、今も高体連が育成組織として重要な役割を果たしている。

 昨年11月の欧州遠征、25人のメンバーで半数以上の13人が今も高校サッカー出身だった。とりわけ、ストライカーは顕著で、大迫勇也、浅野拓磨、興梠慎三が高体連出身。メンバーから漏れた岡崎慎司、さらにE-1選手権で選出されたFW、小林悠、川又堅碁、金崎夢生、阿部浩之などいずれも高校サッカー出身者だ。

「ストライカーは育てられない。生まれてくる」

 欧州や南米では言われるが、日本のクラブユースでは教えられすぎている、ということか。

 高校サッカー出身のFWは、生き残るタフさを持っている。大久保嘉人のようなFWは、日本のクラブユースでは生まれにくい。狂気的に勝負にこだわる、という奔放さは許されないだろう。

Jクラブの受け皿

 また、高校サッカーは幅広い人材発掘に一役買っている。

 Jリーグの強力なクラブのない地域の高校が近年、強さを増すようになった。過去6年の選手権優勝校は、鵬翔(宮崎)、富山一(富山)、星稜(石川)、東福岡(福岡)、青森山田(青森)、そして前橋育英(群馬)。どこの県にも、J1のビッグクラブは存在していない。

 高校サッカーのおかげで、地方でも人材を吸い上げ、底上げが可能になったのである。

 高体連は、Jリーグのジュニアユースから上に上がれなかった選手、もしくは自ら高校を希望する選手の受け皿にもなっている。代表の本田圭佑がガンバ大阪のユースに落第した後、星稜高校に進学したことは有名な話だが、長友佑都に至っては愛媛FCのジュニアユースの入団テストで不合格で、東福岡に越境進学した。他にも中村俊輔や東口順昭など、こうしたケースは枚挙にいとまがない。優勝した前橋育英の大会メンバー選手たちを見渡しても、Jクラブ出身者が両手くらいはいる。

 高校サッカーとクラブサッカーが補完し合っている現状があるのだ。

日本固有の大会として歴史を紡いでいくべき

 90年代までのように、高校サッカーに「怪物」と言えるような選手は少なくなった。人材は確実にクラブユースに流出している。「地元の1番手、2番手は、条件のいいクラブユースに流れる」というのが実状だ。

 しかし、高校選手権は日本固有の大会として今も欠かせない。修正点はいくらでもあるのだろう。例えば日程面は厳しく、ほとんど一日おきで戦うなど、サッカーでは通常あり得ない。ただ、その引き替えのスポンサードと注目度の高さもあって、理不尽を乗り越えられる選手がつかむものもあるのだろう。

 もし、高校選手権がなかったら――。育成面ではぞっとさせる。世界サッカーに習うべきことは多いが、日本の伝統として紡ぐべき大会と言えるだろう。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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