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バルサ新監督は日本代表を率いた人生も?ハリルにない「柔軟さ」の魅力

小宮良之スポーツライター・小説家
新シーズン、バルサを率いることになったバルベルデ(写真:ロイター/アフロ)

2017―18シーズン、FCバルセロナは新たな監督を迎えることになった。

新指揮官に指名されたのは、エルネスト・バルベルデ(53才)。ニックネームはその仕事ぶりを象徴する。Txingurri(バスク語で蟻を意味する)。蟻のように小さいが、精力的で勤勉で組織を重んじる人物だ。

最近4シーズンはバスクの名門アスレティック・ビルバオを率い、欧州カップ出場権を必ず確保している。アリツ・アドゥリスのようなベテラン選手の力を再び掘り起こし、イニャキ・ウィリアムス、ジェライ・アルバレスのような若手の才能を開花させた。人を使い、輝かせる術は、目を瞠るものがある。

そして、バルベルデは大切なバルサの監督条件を満たしていた。

「バルサを知る者」

例外はあるが、例外とした監督は成功を得ていない。とりわけ最近10年では、"外部の"ヘラルド・マルティーノ監督の失敗がフロントの戒めになっている。

選手時代、バルベルデはバルサで2シーズン、ヨハン・クライフ監督の指導を受けた。膝や股関節のケガが相次ぎ、活躍したとは言えない。しかしクライフの影響を選手として受け、「周りの要求度の高さが、目も眩むストレスになる」というクラブ事情を経験した点は大きいだろう。なにより監督になって以来、バルベルデはクライフイズムの信奉者であることを隠していない。クライフを敬愛し、そこから学び取ろうという姿勢があるのだ。

「私は激しさを前面に出せるチームを好む。自分のプレーの重要さを知り、運用できる選手を求める。そして、チームとして野心的に戦いたい。システムとしては、4―2―3―1,4―4―2,4―3―3と様々に使ってきたが、大切なのは選手がそのプレーモデルに適応するか。もちろん私自身、バルサのプレーモデルに適応することも欠かせない」

バルベルデは語るが、勇敢さと柔軟な志向の持ち主で、バルサの監督になることはほとんど必然だった。

興味深いのは、このバルベルデが日本代表を率いていた可能性もあった、という点だろうか?

日本代表を率いる可能性もあった

拙著「おれは最後に笑う」に収録したノンフィクション、「ザックを探し当てた男たち」で、バルベルデが当初、有力な4人の代表監督候補だったことを記している。

「バルベルデはいい男だった。身体はちっちゃいけど、溢れるバイタリティーがあって、サッカースタイルはアグレッシブ。ビジャレアルではうまくいかなかったけど、クラブの悪口を言わず、人柄の良さが出ていた」

当時の技術委員長だった原博実氏はそう洩らしていた。結局、この交渉はサインには至っていない。紆余曲折を経て、アルベルト・ザッケローニに決定する。一方、バルベルデはギリシャのオリンピアコスを率いて、合計3度のリーグ王者に輝いている。

「バルベルデ自身は、大いに日本代表に関心があったと思う。しかし、日本代表になるには(当時46才と)若すぎたね。若いから、野心がある。欧州で指導を続け、一度はバルサやマドリーのようなビッグクラブを率いてみたいんだろう」

そして実際に、バルベルデはバルサを率いるようになっている。

日本は世界のフットボールマーケットにおいて欧州から見た場合、未だに「圏外」にある。一度圏外に出ると、欧州マーケットに戻るのは簡単ではない。Jリーグも含め、日本代表監督も、「双六の上がり」に近いのが現実なのだ。

若く野心的だったバルベルデは、申し出を固辞した。

それだけに、もしバルベルデが日本を率いていたら、と想像すると、妄想は尽きない。

選手の才能を思うまま引き出せる

バルベルデは選手ありき、でこの成長を促し、チームの力を引き上げる。これは簡単なことではない。多くの監督は、机上のプレーモデルだけに囚われてしまうからだ。

ビルバオというクラブは純血主義を守ってきた。バスク人選手、もしくはバスクで生まれ育った選手しか、チームに所属できない。それは限られた人材での仕事を意味する。

バルベルデは"条件付き"チームで、若手、中堅、ベテランを適時に起用。そして最大限に能力を絞り出した。伸び悩んでいた選手や下降線に入っていた選手、あるいはケガから復帰する選手。どこでどのように使えば羽ばたけるか、時期を捉えるのがうまい。例えばイケル・ムニアインは膝のケガで離脱後、復帰してからチームを牽引させている。

「まずはチームとして結束するのが重要だ。仕事の雰囲気を良くすること。勝った、負けた、は必ずある。そのときに、人が大事になるんだよ」

バルベルデはリーダー論を語っている。

バルサはマシアと呼ばれる下部組織から培ったプレーモデルを、トップチームに落とし込めるか、が成功の鍵となる。リオネル・メッシ、アンドレス・イニエスタ、ジェラール・ピケ、セルジ・ブスケッツ、セルジ・ロベルト、ジョルディ・アルバら主力はいずれもマシア育ち。バルサBは来季2部昇格が濃厚で、中心選手の1人であるカルラス・アレニャはバルサの未来を左右する逸材と見られる。カンテラ強化のため、一時廃止したバルサCを復活させるという案も出ている。

おそらく、バルベルデは最適の人材と言えるだろう。

バルサを率いる挑戦は、どんな結果になっても指導者として忘れられない経験になるだろう。今シーズンのタイトルはスペイン国王杯のみだったバルサ。転換期を迎える中、「蟻」のリーダーシップが注目されるはずだ。

バルベルデがもう一つの人生で日本代表を率いていたら――。彼は日本人サッカー選手にどんなプレーモデルが合うのか、それを導き出してくれたかも知れない。システムやポゼッションやカウンターに囚われない人だけに。その柔軟性は、アルベルト・ザッケローニ、ヴァイッド・ハリルホジッチら「キャリアを積み終わった」監督にはない若き可能性だった。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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