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なぜブッフォンはシュートを止められるのか?世界最高GKがジダン・マドリーに立ちはだかる。

小宮良之スポーツライター・小説家
世界最高GKの称号がふさわしいジャン・ルイジ・ブッフォン(写真:ロイター/アフロ)

2017年5月9日、トリノスタジアム。試合後、気落ちした相手FWを両腕で胸に抱き寄せると、その後頭部にキスをした。ほとんど20歳も年下のキリアン・エムバペの健闘を称える。自分の無失点記録を690分で破った18歳を、優しく慈しんだ。

これほどのダンディズムを感じさせるサッカー選手がいるだろうか?

ジャン・ルイジ・ブッフォン(ユベントス、39歳)は、栄えあるチャンピオンズリーグ決勝のピッチに立つことになっている。相手は現世界王者のレアル・マドリー。そのセービングは再びチームを救うのか。

世界最高GKの名を恣にするブッフォンだが、改めてどのような選手で、そのルーツとは――。

昔からダイブするのが好きな子だった

イタリア、トスカーナ州のカラーラ。ブッフォンはそこで生まれている。12歳まではセンターフォワードだった。大柄な肉体を利して、得点を量産。空中のボールを叩くプレーが得意で、オーバーヘッドなどアクロバチックなプレーでゴールを決めた。町の大会では得点王になるほどだった。

「GKがやりたい」

ある日、突然、少年は言い出した。

「なんでそんな気持ちになったのか。あえて理由を見つけるなら・・・。あの子は昔からダイブすることが好きな子だったから」

ブッフォンの母が打ち明けた。

実家近くには、浜辺がある。そこに行くと、ブッフォン少年は少しもためらいなく、砂に飛び込み、輝く笑顔を見せていたという。ダイブし、着地する瞬間。そのわずかな痛みも快感だった。宙に浮く一瞬の境地。芝生でも、それを彼は感じていたという。

明確な転機は、1990年イタリアW杯のカメルーン代表、トーマス・ヌコノの存在だった。人間離れした跳躍力で、空中でボールを弾き、チームを救う。その格好良さに少年は惚れた。

「僕もこんなヒーローになりたい!」

少年は居間にあるソファで、興奮したようにダイブを繰り返していたという。

それが守護神が生まれた日かもしれない。

アスリートの家系

しかし、なぜブッフォンがこれほどシュートを止められるのか?

一つは、受け継いだ運動能力に理由があるだろう。

父は砲丸投げの選手で、母はイタリア王者の円盤投げ選手だった。姉2人はセリエAのバレーボール選手、さらに親戚のロレンソ・ブッフォンは元イタリア代表のGK。一族には、運動選手としての血が流れているのだろう。

ブッフォン自身、7歳で12kmマラソンに完走したことが、地元では当時、小さなニュースになっている。

「西部劇のガンマン」

そう言われるブッフォンのセービングは、生来的なセンスが影響している。相手の動きを素早く察知し、それを上回るスピードで身体を動かす。反復することで、予測的な動きにもつながる。

ただ、肉体的アドバンテージだけで生き残れるほど、トッププロの世界は甘くはない。

ブッフォンは、「どんなことがあっても慌てない」というキャラクターで有名だ。

昔、あるテレビ番組の企画で、姉のグエンダリーナ、ベロニカの2人が"共犯"になって、どっきりを仕掛けたことがあった。3人で町を買い物していたら突然、姉が意味不明の言葉を発し、発狂したようなふりをする。それでも、ブッフォンは落ち着いていられるのか、という企画。結果としては、彼は困惑した表情を浮かべたわけだが、「そうまでしないと、ブッフォンは慌てない」という逸話になった。

GKというポジションは、「失敗ありき」の役回りである。ストライカーならば、いくら失敗しても、取り戻せば英雄になれる。一方でGKは失点したら、それを取り戻すのは難しい。ミスができない、という凄まじい重圧の中で戦うだけに、彼らは同時に失敗した後のイメージを頭の中で描き、対処する必要があるとも言われる。そこで平常心を失えば、かさにかかって攻められるからだ。

その点、泰然とした性格こそ、ブッフォンの最大の才能なのかも知れない。

どんなことも自分の中で解決しようとする子供

もっとも、ブッフォンは与えられた才能だけの男ではないだろう。

幾度も失敗を踏み越えてきたが、彼はいつも誰かのせいにせず、自らの責任としてきた。ゴールを割らせないために、ディテールを積み上げるようになった。相手のステップの踏み方、ボールの転がり方、味方のポジション、それらをすべて把握し、自らのポジションをたえず微調整し、身体の向きを少しづつ変え、集中を切らさない。しかし高ぶりすぎることもなく、ボールの軌道を読み、そして果敢にダイブする。日々の鍛錬が、そのセービングを生んでいるのだ。

13歳でパルマの寮に暮らすことになったブッフォンは、家族と離れることになったが、悲しい顔を見せなかったという。

「私は母親だから、ジジ(ブッフォン)が実家を離れて暮らすのは寂しかったわ。でも、あの子は悲しそうな顔を見せなかったの。もしかすると、悲しかったかも知れないけど、ジジはそういう感情を外に出さない。どんなことも、自分の中で解決しようとする子供だった。とても成熟していたわね、幼い頃から」

母が言うと、円盤投げで鍛えた二の腕に愛犬がまとわりついた。

39才になったブッフォンは、今も平然とした顔でスーパーセーブをやってのける。超が付く一流GKは、ビッグセーブを繰り出した後ほど、何ごともなかったような顔をしている。味方全員に落ち着きを与える。

<これくらい、おれがすべて止めてやる。だから安心してプレーすればいい。おれはおまえたちを信じているから>

それを無言で、全身で伝えられる。味方が奮い立つのは当然だろう。

ブッフォンは、とてつもない次元にある。廟にでも祀るべきだろう。フットボール史が生んだ守護神として。

6月3日、カーディフ。ブッフォンは欧州王座を懸け、ゴールマウスを守る。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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