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バルサは暗黒時代の入り口にいるのか?

小宮良之スポーツライター・小説家
バルサはチャンピオンズリーグで5度目の優勝で3冠達成しているが・・・。(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)

10月28日、スペイン国王杯を戦ったFCバルセロナは、実質3部リーグのビジャノベンセに敵地でスコアレスドローに終わっている。主力を休ませた陣容という言い訳はできるし、負けたわけでもない。

「もし第2戦バルサの本拠地カンプ・ノウで勝って帰ることができるのなら、歩いて帰ることにするよ」

敵将が巡礼者のように言い放ったように、バルサが本拠地で負ける可能性は限りなく低い。

バルサ関係者にとっては、取るに足らない試合の一つだろう。しかしメッシ、ネイマールに代わってプレーした若手選手たちは、無名選手に押され続け、負けてもおかしくない内容だった。次代を担う選手が現れていない―――。その事実は、バルサというチームの特性を考えれば重かった。バルサが最強を誇った時代は、マシアと呼ばれる育成組織の隆盛と符合しているからだ。

マシアの強さがバルサの強さ

「ドリームチーム」

それは伝説の名将ヨハン・クライフがバルサを率いた時代の愛称である。NBAのスーパースターで組んだアメリカ代表に由来しているが、まさに夢のきらめきがあった。90~94年までリーガエスパニョーラ4連覇。91-92シーズンには欧州チャンピオンズカップでも頂点に立っている。

しかしタイトルよりも、戦い方がセンセーショナルだった。

「5点取られたら、6点取り返せ!」

攻撃志向の美学は、観客を魅了した。プレーメーカーであるジョゼップ・グアルディオラを中心としたパスワークは心地よいリズムを刻んだ。"美しく勝つ"という吸引力は世界のフットボールファンを虜にした。

当時、クライフがバルサで着手したのは「美しく勝つ」という哲学の確立だった。スキルの高い選手でいかにボールを回すか、その意識を下部組織であるマシアから徹底させた。幼少期から同じシステム、同じ理念でプレーし、その練度を上げる。それによって若手はトップに昇格しても戸惑わない。クラブは切れ目なく優れた選手を引き上げることが可能になった。その波及効果として、バルサのセカンドチームであるバルサBも2部で上位を争うようになったのである。

ところが、96年にクライフが成績不振で解任され、マシアは雪崩を打ったように弱体化していく。同時に、トップチームも乱気流に乗ったように不安定な状態に陥る。ルイス・ファン・ハールが監督に就任した98,99年はリーガ連覇も、内実は欧州を席巻していたアヤックスの主力をごっそり引き抜いた形で、後にそのツケを払うことになった。00年が2位、01年が4位、02年が4位、そして03年が6位と低迷したのだ。

まさに、暗黒の時代だった。

クライフが監督を務めた最後のシーズンに登用したマシア組、イバン・デ・ラ・ペーニャ、ロジェール、オスカル、セラーデス、ジョルディ・クライフ、トニ・ベラマサンは次々に退団している。2部リーグで隆盛を誇っていたバルサBは、97年には3部に転落。次第に順位を下げると、07年にはとうとう4部にまで下がっている。それでもクラブに希望を与えていたのは、シャビ、イニエスタ、メッシというマシア組だった。

「まずはマシアを改革しないと、どうにもならない」

07-08シーズン、グアルディオラはそう言ってトップチームの監督就任を断っても、4部に落ちたバルサBを率いるようになった。ここが暗黒時代から抜け出す、希望の時代への分岐点となる。

1年でバルサBを3部に昇格させたグアルディオラは、マシア全体で"バルサらしいフットボールとはなにか"の理念を蘇らせる。1年間、グアルディオラの薫陶を受けたペドロ、ブスケッツはその後、バルサの主力ともなった。さらに、テージョ、クエンカ、チアゴ、バルトラ、セルジ・ロベルト、フォンタス、ムニエサらのマシア育ちがトップチームでの経験を積み上げた。

そしてグアルディオラはリーガ優勝2度、CL優勝2度、国王杯優勝2度、クラブW杯優勝2度と栄光を究めた。クライフのドリームチームをも上回る、90分間攻め続ける苛烈さだった。トップチームの隆盛と一致するように、バルサBも09年に2部への昇格を果たし、10年は3位に付けた。それは1部と同等の戦力であることを意味し、バルサの強さの源となった。

しかし2012年にグアルディオラが監督退任後、クラブは再びマシア色を薄めてしまう。ここ数年でプジョル、シャビ、ビクトール・バルデス、ペドロらのマシア組が引退、もしくは退団。期待の若手もトップに定着できず、チアゴ(バイエルン)、ジョナタン・ドス・サントス(ビジャレアル)、ノリート(セルタ)、モントーヤ(インテル)、デウロフェウ(エバートン)、テージョ(ポルト)、デニス・スアレス(セビージャ)らが有力クラブに移籍している。

狂った回路は戻らない。15年にはバルサBが3部に転落。ハリロビッチ、アダマのような新星も新天地を探さざるを得なくなった。3部リーグの選手ではトップ昇格はままならず、高いレベルの経験も積めない。同シーズン、トップチームはリーガ、CL、国王杯を制して覇権を握ったかに見えたが、「マシアを強化できなければ、バルサは足下から崩れ始める」と危惧する声は少なくない。歴史が危うさを証明しているからだ。

MSNと称されるメッシ、スアレス、ネイマールが攻撃を象徴し、ラキティッチ、ブラーボ、マスチェラーノなど外国人選手の存在感が増しつつある。有力外国人選手が揃えば、勝負に勝つことは難しくないが、それはバルサらしい勝ち方ではない。

「バルサは世界最高のカウンターチームになった」

グアルディオラはその成果に拍手を送ったが、能動的パスで崩しきるのがバルサの伝統であり、どこか皮肉が込められている。

若手が育っていないことは、ビジャノベンセ戦で白日の下に晒された。そもそも、今シーズンのバルサBは3部でさえも中位。同じ3部のビジャノベンセを圧倒できる道理もなかった。

「ビジャノベンセ戦で最悪なのは、引き分けという結果ではなく、退屈な内容である」

クラブの広報紙に近いエル・ムンド・デポルティボ紙でさえ、未来を不安視するコラムを掲載している。

はたして、バルサは暗黒時代の入り口にいるのか―――。それは後に明らかになることである。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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