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暴走族からトー横キッズへ 若者の「非行」問題を犯罪学理論から考える #こどもをまもる

小宮信夫立正大学教授(犯罪学)/社会学博士
(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

○○族から○○系、そして○○キッズへ

夏休みは、若者たちの解放感が高まり、集団で羽目を外すことも多くなる。それを「非行」と呼ぶか、「思い出づくり」と呼ぶかは難しい。なぜなら、非行の定義があいまいだからだ。

例えば、法律上、非行とは、未成年者による犯罪と、犯罪に結びつきそうな行為である。さらに、社会通念上は、道徳に背く行為、マナー違反、校則違反なども非行とされることが多い。

それはともかく、いつの時代も、若者たちは仲間同士でたむろし、大人と違った行動を取ることでアイデンティティーを確認しようとする。さらに、そうした行動を大人に見てもらうことで、承認欲求を満たそうとする。

例えば、1950年代の太陽族、60年代のフーテン族やみゆき族、70年代の暴走族やカニ族、80年代の竹の子族やローラー族、90年代のジュリアナ族やギャル族などがそうした集団だ。

その後、帰属意識の低下やコミュニケーションの希薄化によって、若者の集団は「族」から「系」へ変化した。例えば、草食系や癒し系などだ。そして最近は、トー横キッズの例など、「キッズ」と呼ばれるようになった。

そこではもはや、集団の凝集性は感じられず、孤立した個人の寄せ集めのような状態だ。言い換えれば、自分たちでアイデンティティーを確認する集団というよりも、むしろ他人からラベリングされる集団という色彩が強くなった。

こうした現代的な特徴を踏まえて、以下では若者の非行をどうすれば防げるかを検討したい。ただし、アイデンティティーの確認や承認欲求自体が非行と直接的に結びつくわけではない。それが、どのようなメカニズムで、どのような条件で非行へと進むかを検討することが、ここでの課題だ。

なぜ非行に走るのか、走らないのか

なぜ非行に走るのかに着目した犯罪学の理論に「緊張理論」がある。コロンビア大学のロバート・マートンが提唱した思考モデルだ。ここで言う「緊張」とは、欲望と手段のミスマッチが引き起こす社会的ストレスのこと。

確かに、欲望は文化的に作り出され、社会は欲望をあおり続けている。現代のような消費社会では、連日、これでもかというくらいに商品やサービスが宣伝されているからだ。流行に敏感な若者は、この影響をまともに受けることになる。

ところが、欲望を達成する合法的手段(就学や就職など)は平等に配分されていない。そのため、合法的チャンスに恵まれない若者は、欲望があおられればあおられるほど、非合法的手段(非行)に頼るようになる。つまり、緊張理論では、手段の格差こそが非行の元凶だとする。

もっとも、社会が欲望をあおらないようにするという対策は現実的ではない。欲望は資本主義社会のデフォルトだからだ。

したがって、非行防止対策は、欲望を達成する手段の提供ということにならざるを得ない。

とすれば、日本では死語になりつつある用語であるが、学校に通わず、職に就かず、職業訓練も受けていない「ニート」への学習と就業の支援が重要になるはずだ。

緊張理論とは真逆のアプローチをとる犯罪学の理論に「統制理論」がある。アリゾナ大学のトラヴィス・ハーシが提唱した思考フレームだ。

そこでは、非行への衝動は人間に固有の性質であると考える。したがって、若者はなぜ非行に走るのかを説明する必要はなく、説明されるべきは、若者はなぜ非行に走らないのかということだとする。

統制理論で言う「統制」とは、社会的な絆のこと。この絆には静的な要素と動的な要素がある。前者は、両親や仲間などへの愛着という愛情的なつながりの糸だ。一方、後者は、学業や職業への投資という実利的なつながりの糸、および趣味や用事への没頭という時間的なつながりの糸である。

こうした糸で社会と結ばれていれば、「親を悲しませたくない(愛情的結びつき)」「今までの苦労を無駄にしたくない(実利的結びつき)」「非行を考える暇はない(時間的結びつき)」といった理由から、非行に走りにくくなる。

逆にこうした糸がなければ、「こんな人間に育てた親が悪い」「非行が発覚しても失うものは何もない」「暇つぶしに非行でもするか」といった理由から、非行に走りやすくなる。

ライフコースにおける危険因子と保護因子

このように、緊張理論と統制理論は、非行を説明する理論ではあるが、その内容は「今の状況」を説明するにすぎない。言い換えれば、静的・短期的なものである。しかし実際問題として、非行は「過去からの流れ」で起きる。そのため、非行の理論も動的・長期的な視点から構築される必要がある。

そこで、犯罪学では「発達的犯罪予防論」が提唱されるようになった。個人のライフコース(人生行路)を、道筋を選択できる分岐点(発達段階)の連続と見なし、それぞれの分岐点で非行への道を選ばないよう、分岐点に応じた働きかけを行おうとする発想だ。

発達的犯罪予防論では、緊張理論の視点、つまり、なぜ非行に走るのかを説明するものを「危険因子」と呼び、逆に統制理論の視点、つまり、なぜ非行に走らないのかを説明するものを「保護因子」と呼んでいる。

要するに、危険因子が多ければ多いほど、非行に走る可能性が高まるが、たとえ危険因子の数を減らせなくても、保護因子の数を増やすことができれば、非行を防止できるというわけだ。

危険因子と保護因子の具体例については、アメリカ司法省のモデルプログラムが参考になる。

そこでは、危険因子として、認知障害、飲酒行動、家庭不和、児童虐待、学業不振、中途退学、非行集団への所属、貧困地域、地域の無秩序などが挙げられている。

一方、保護因子としては、自尊心、積極的性格、社会的能力、家族の結束、効果的な育児、学校活動への参画、校則励行、集団活動への参加、地域の安全、支援に携わる住民の存在などが挙げられている。

たむろする若者たちの問題行動

記事の冒頭で触れた「トー横キッズ」の問題行動について、上記の犯罪学理論を使って考えてみたい。

トー横キッズとは、新宿・歌舞伎町の「トー横」と呼ばれる一角に集まる若者のこと。報道によると、トー横キッズが暴力を振るったり、性被害に遭ったりするケースが相次いでいるという。

また報道では、家庭や学校に居場所がないから歌舞伎町に集まるという解説が多い。居場所がなく孤立しているのが、問題行動の元凶というわけだ。

ところが、上記の危険因子リストに「孤立」はない。リストから導かれる元凶は「孤立」ではなく「疎外感」である。

これも死語になりつつあるが、「引きこもり」の多くは孤立してはいるが、疎外感は感じていない。コロナ禍の外出自粛の時期には、むしろ生き生きしていた。

この区別は重要だ。例えば、最近多発している「自爆テロ型犯罪」の背景にあるのは「格差」ではなく「不公平感」である。人を動かすのは、客観的な「事実」ではなく、主観的な「意識」なのである。

話を戻そう。疎外感は、危険因子リストにある家庭不和、児童虐待、学業不振などから生まれる。統制理論の枠組みで言えば、「社会的な絆」を感じられないのが疎外感だ。疎外感が生まれると、家出、怠学・退学、非行集団参加へとつながりやすくなる。

疎外感にさいなまれている若者は、本来なら非行のブレーキになるはずの「絆」が断ち切られている。とすれば、非行の道に誘い込まれないようつなぎ止める「新しい絆」を作ればいいはずだ。それが「メンタリング」と呼ばれている支援手法である。

メンタリングとは、メンターによるマンツーマン指導のこと。専門家によるカウンセリングと異なり、普通の大人(この人がメンター)が、他人の子どもと一緒に食事や散歩をしたり、スポーツや映画を見に行ったりする。

そうした継続的な交流を通して、子どもは、押しつけられるのではなく、メンターの姿を自然に手本にするように動機づけられる。こうして、世界中を敵に回してもメンターだけは自分の味方であると感じさせ、疎外感を取り除こうというわけだ。

メンターという言葉は、古代ギリシャの詩人ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』に登場するメントールの名に由来する。王子の教育を託された賢者だ。メンターは、一般的には、助言者とか指導者などと訳されているが、発達的犯罪予防論では、「あこがれの先輩」とか「人生の師匠」といった訳語がより適切である。

社会性だけではなく、市民性も不可欠

もっとも、記事の冒頭で触れた「〇〇族」のメンバーなら、すでに社会的な絆を持ち、疎外感を感じていないという批判があるかもしれない。確かに、集団の凝集性が高ければ、メンタリングでさえ行われている可能性がある。教育用語で言えば、彼らは「社会性」を身に付けているのだ。そこでこの場合、問題は「社会性」の欠如ではなく、「市民性」の欠如にあることになる。

「社会性」とは、対話を通して対人関係を築けることであり、「市民性」とは、参加を通して社会を担えることである。市民性があって初めて、集団の同調圧力は非行を遠ざける。

逆に社会性しかないと、集団の同調圧力は非行を促すおそれがある。言い換えれば、市民性があることで、メンバーは個別集団への同調よりも、一般社会への同調を優先するのである。

この市民性は、イギリスでは必修教科「市民(citizenship)」として学校教育に導入されている。その内容は、学校の内外における責任、コミュニティ活動への参加、そして民主主義のスキルと価値についてである。

非行に関しても、非行に走ると社会はどう反応するかが教えられている。その背景には、日本の道徳教育のような「精神論」ではなく、損得勘定に基づく「合理的選択論」がある。

非行問題を考える際にも、同情論や感情論ではなく、犯罪学や経済学といった「科学の力」を借りてみてはどうだろう。

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【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士

日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

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