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アップル動画配信、顧客つなぎ留め正念場 無料期間短縮で

小久保重信ニューズフロントLLPパートナー
米アップルのティム・クックCEO(写真:ロイター/アフロ)

アップルは、有料動画配信サービス「Apple TV+」の長期無料体験を終了した。同サービスの料金は月4.99ドル(日本では月600円)。これまでスマートフォン「iPhone」やタブレット端末「iPad」、腕時計端末「Apple Watch」など同社製ハードウエアを購入した顧客に1年間無料体験サービスを提供してきたが、2021年7月1日にこの期間を3カ月に短縮した。

Apple TV+の利用者数は?

同社がApple TV+の1年無料体験を始めたのは19年9月。その後新型コロナの影響もあり、期限を2度延長。21年7月から最初に無料体験を利用した人への課金を始めた。無料版の開始から21カ月。果たしてアップルは顧客をつなぎ留め、有料版に移行させることができるのか。同社は正念場を迎えたと米CNBCは報じている

アップルはApple TV+の利用者数を公表していない。iPhoneなどハードウエア製品の販売台数も明らかにしておらず、いったいどれだけの顧客が同サービスを利用しているのかは分からない。

だが米調査会社のIDCによると、アップルはiPhoneだけでも20年に世界で2億600万台を販売した。別の調査会社である米パークスアソシエイツによると、米国ではこれまで、ブロードバンド接続している1億300万世帯の11%に当たる約1100万世帯がApple TV+を利用した。

一方、米ネットフリックスは先の決算発表で21年6月末の会員数が2億918万人になったと明らかにした。米ウォルト・ディズニーが19年11月に本格サービスを開始した「Disney+」の会員数は約1年半で約1億360万人に達した。米アマゾン・ドット・コムのプライム会員数は2億人超で、20年にプライムビデオを視聴した人は約1億7500万人に上ったとされる。

作品数で競合に大差つけられる

前述した通り、Apple TV+の料金は月4.99ドル。Apple TV+に加え、音楽配信やゲーム配信、クラウドサービスをバンドルした「Apple One」と呼ぶ、統合サブスクリプション(継続課金)サービスの料金は月14.95ドル(日本では月1100円)からだ。

これに対し、ネットフリックスの料金は月8.99ドル(日本では月990円)から。ディズニーのDisney+は月8ドル(同770円)。Apple TV+はこれら競合サービスに比べて割安だ。だが作品数では大差をつけられている。

CNBCによると、ネットフリックスやアマゾンはオリジナル作品やライセンス契約による作品がそれぞれ1000本以上ある。これに対しApple TV+のオリジナル作品は約90本にとどまる。アップルは独占配信などの契約を結んでいない。また、アマゾンは先ごろ、米映画製作大手メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)を買収してコンテンツ強化を図ると明らかにしたが、アップルはこうした買収の動きを見せていない。

3強に対抗、メディア再編のうねり

動画配信市場は巣ごもり消費の拡大で急成長した。米国では近年、「コードカッター」と呼ばれる、ケーブルテレビ契約をやめる人が急増している。こうした中、既存メディア大手もダイレクト・トゥ・コンシューマーズと呼ばれる動画配信事業に注力。ネットフリックス、ディズニー、アマゾンの3強に対抗するべくシェア拡大の道を探っている。

例えば、21年5月17日には米通信大手AT&Tが傘下のメディア事業であるワーナーメディアを分割し、同業大手の米ディスカバリーと経営統合することで合意したと発表した。新会社の名称は「ワーナーブラザース・ディスカバリー」。合併手続きは規制当局の承認などを経て22年半ばに完了する見通しだ。

異なる戦略、狙いはハードウエアを通じた体験

アップルのサービス事業年間売上高(12カ月移動累計)推移/インフォグラフィックス出典:ドイツStatista
アップルのサービス事業年間売上高(12カ月移動累計)推移/インフォグラフィックス出典:ドイツStatista

その一方で、アップルの狙いはハードウエア製品のエコシステム(生態系)に顧客を取り込むことであり、ネットフリックスやディズニーなどの動画大手と直接対決することではないようだと、パークスアソシエイツのリサーチ・ディレクター、スティーブ・ネイソン氏は分析している。

同氏によると、「アップルのハードウエアを購入することで、Apple TV+やApple Music、ポッドキャスト(音声番組)、ニュース配信、フィットネスなどのサービスを体験できるようになります」とアップルは顧客に訴えたいのだという。「アップルにとっては、アプリを通したサブスクなど、総合的な加入者数が重要なのであって、動画配信の加入者数はさほど重要ではないのだろう」とネイソン氏は指摘している。

(このコラムは「JBpress」2021年6月30日号に掲載された記事を基にその後の最新情報を加えて再編集したものです)

ニューズフロントLLPパートナー

同時通訳者・翻訳者を経て1998年に日経BP社のウェブサイトで海外IT記事を執筆。2000年に株式会社ニューズフロント(現ニューズフロントLLP)を共同設立し、海外ニュース速報事業を統括。現在は同LLPパートナーとして活動し、日経クロステックの「US NEWSの裏を読む」やJBpress『IT最前線』で解説記事執筆中。連載にダイヤモンド社DCS『月刊アマゾン』もある。19〜20年には日経ビジネス電子版「シリコンバレー支局ダイジェスト」を担当。22年後半から、日経テックフォーサイトで学術機関の研究成果記事を担当。書籍は『ITビッグ4の描く未来』(日経BP社刊)など。

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