旧ソ連で新たな紛争の火種? アルメニアで大規模抗議運動が勃発

新たな紛争の火種?

アルメニアの位置(Wikipedia)
アルメニアの位置(Wikipedia)

ウクライナ南東部における紛争は依然として解決の糸口が見えない状態が続いている。

さらにウクライナの隣国モルドヴァでも、未承認国家「沿ドニエストル共和国」に駐留するロシア軍基地へのアクセスを巡って緊張が高まりつつある(同問題についてはこちらの拙稿を参照)。

こうした中で、新たな紛争の火種になりかねないとして懸念される事態が発生している。

ウクライナやモルドヴァと同じ旧ソ連構成国のアルメニアで発生した、大規模な抗議運動がそれである。

きっかけは電気料金の値上げ

抗議運動のきっかけは、6月17日、アルメニア政府の公共サービス委員会が電力税を16.7%値上げして1kw/hあたり6.93ドラム(1ドラム=約0.26円)とすると決定したことだった。これを受けて電力公社「アルメニア電力ネットワーク」が電気料金の40.8%値上げを発表すると国民の間には反発が広がり、19日から首都エレヴァンでの大規模抗議行動が発生した。

これに対して同23日早朝、アルメニア警察はサルグシャン大統領の命令で抗議運動の強制解散に踏み切り、240名が逮捕されたほか、放水を含む強制措置によって25名が負傷した。

だが、平和的な抗議行動に対する強権的な弾圧は抗議行動への支持を固めさせる結果となり、現在も座り込みが続いている。

電気料金の値上げは凍結されたが

平成24年に訪日したサルグシャン大統領(左)
平成24年に訪日したサルグシャン大統領(左)

事態に慌てたアルメニア政府は、27日、「アルメニア電力ネットワーク」社の財務監査を行うことと、監査が完了するまでは値上げを一時的に凍結することを決定した。監査には3-6ヶ月が掛かるとされており、アルメニア政府としてはこれでしばらく時間を稼ぐ狙いがあったと見られる。

しかし、強制措置を行ったアルメニア政府への不信感は未だに強く、前述のように抗議行動は収束していないばかりか、23日の抗議行動には野党ばかりか現役の教育科学大臣まで参加する事態となり、政権不安が一気に拡大しつつある。

アルメニアの国営通信社「ノーヴォスチ・アルメニア」が抗議運動主催者の談話として伝えたところによると、抗議運動側はサルグシャン大統領の決定に満足しておらず、今後も電気料金の値上げ反対を掲げて大規模デモを継続して行くと表明。実際に28日には1万人が参加する過去最大規模のデモが行われた。

一方、アルメニア警察は、抗議運動の中心となっているエレヴァン市内のバグラミャン通りをはじめ、5つの通りを封鎖しているという。

火消しに走るロシア

この状況に神経を尖らせているのがロシアだ。

第一に、「アルメニア電力ネットワーク」はロシアの電力公社「インテルRAO」の子会社であり、電気料金問題にはロシアが当初から密接に関わっていた。

サルグシャン大統領が電気料金値上げの凍結を決めたのも、急遽訪問したロシアのソコロフ運輸大臣との会談後である。

第二に、近年、ロシアとアルメニアの関係には緊張が見られる。アルメニアは南カフカス地域におけるロシアの最重要同盟国であり、同地域で唯一、ロシア軍が駐留している。アルメニアとしても、隣国アゼルバイジャンとの間にナゴルノ・カラバフ地方の帰属を巡る軍事的対立を抱え、トルコとも過去のアルメニア人虐殺問題で歴史認識問題がある。しかも、宿敵アゼルバイジャンがカスピ海のエネルギー資源によって急速な経済成長を遂げてきたのに対してアルメニアには目立った産業が乏しく、国力の差は開くばかり、という状況下で、ロシアは唯一の後ろ盾と言える。

だが、今年1月、駐留ロシア軍人がアルメニア人の一家6人を惨殺するという事件が発生し、アルメニア国内では反露的感情が高まっている。しかもロシアはアルメニアの同盟国でありながらアゼルバイジャンとのエネルギー協力を続け、さらにはオイルマネーを当て込んで大量の武器輸出を行うなどしており、これもアルメニア側の感情を害する要因となっていた。

実際、アルメニア国民の対露感情は複雑である。最近の世論調査によると、国内に外国軍基地を設置することは認められるかという世論調査に対し、「認められる」と答えたのは全体の55%と、過半数ではあるが決して圧倒的な支持を受けているわけではない。さらに「安全保障を外国に頼ることは認められるか」との質問には、「認められる」と答えたのはわずか17%であった。

こうした背景もあり、今回のソコロフ露運輸大臣の訪問では、件の殺人事件の犯人であるロシア軍人をアルメニアの国内法廷で裁くことを認めたほか、武器購入代金として2億ドルを特恵条件で供与することを決定した。安全保障を巡るアルメニアの不満をどうにか宥めようとした格好と言える。

ロシアの懸念は新たな「カラー革命」

ロシアが火消しに走る背景には、これが新たな「カラー革命」につながることへの懸念がある。

「カラー革命」とは2000年代にウクライナ、グルジア、キルギスで発生した一連の体制転換運動を指す。これによって旧ソ連の親露的な政権を軒並み打倒されたロシアは危機感を強め、2010年代の「アラブの春」でその危機感は決定的なものとなった。

ロシアは、こうした体制転換が西側によって仕組まれた反露的陰謀であると主張し、昨年2月のウクライナ政変もその一環であるとしている。

昨年12月に改訂された国防政策の指針「軍事ドクトリン」において「ロシア連邦に隣接する国家において、ロシア連邦の国益に脅威となる体制や政策を打ち立てること(正統な政府機関の転覆によるものを含む)」「外国及びその連合国の特殊機関及び組織による、ロシア連邦を弱体化する活動」といった文言が盛り込まれたのも、こうした脅威認識を背景としたものである(詳しくはこちらの拙稿を参照)。

実際、ロシア上院国際問題委員会のコサチョフ委員長は、これがウクライナにおける政変の初期段階と酷似しており、米国がこの事態につけ込んでロシアの地歩を脅かす可能性があると指摘。下院CIS問題委員会のスルツキー委員長も、事態が「懸念すべきもの」との見解を示した。

「西側による陰謀」をロシア政府や軍の指導部がどこまで本気にしているかについては疑問の余地があるが、体制転換の脅威をロシアが強く懸念していることには変わりはない。このままアルメニアでの事態が緊迫化すれば、ロシアは南カフカスにおける唯一の拠点を失うばかりか、世代交代が近いと噂される中央アジアのカザフスタンやウズベキスタンでも新たな体制転換の波が押し寄せる可能性も排除されない。

「平和的な解決」が実現しなければ?

ロシア上院のマトヴィエンコ議長は「事態が平和的に解決されることを望む」との声明を発表しているが、「平和的に」解決されなかった場合、ロシアがどのような手段に訴えるかは未知数である。

仮に今回の抗議運動がサルグシャン政権の打倒につながり、反露的な政権が成立するようなことになった場合には、ウクライナで見られたような介入をロシアが行う可能性は排除できない。

アルメニア情勢の今後が注目される。

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