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シリア軍事介入 単独攻撃を強いられる米国とシリアの対抗能力

小泉悠安全保障アナリスト

英国は攻撃に参加せず

先日の小欄で、シリアに対する軍事介入のおおまかな背景と予想される攻撃の規模について解説した。

背景にはこの記事で述べたとおりであるが、攻撃の規模についてはやや考え直さなくてはならなくなってきたようだ。

8月29日、英国議会が、英政府の提出した軍事介入動議を僅差で否決。この結果、キャメロン英首相は「軍事介入は支持するものの、軍事行動そのものには参加しない」という決断を下さざるを得なくなってしまった。

前回の記事でも述べたように、今回の軍事行動では海上からの巡航ミサイル攻撃が主になると見られるが、米海軍は空母機動ではなく数隻の駆逐艦と原子力潜水艦1隻を展開させているに過ぎない。

英海軍も揚陸艦1隻を含む小規模な艦隊とキプロス防空用の戦闘機部隊など派遣戦力は大きくなかったが、その存在は貴重だった。

特に英海軍の原子力潜水艦は米海軍と同様、長距離巡航ミサイル「トマホーク」の発射能力を有しているため、貴重な長距離打撃力の一角であった。

たとえば8月28日の英「デイリー・テレグラフ」紙によれば、米英の原子力潜水艦各1隻から巡航ミサイル多数を発射し、48時間で化学兵器貯蔵施設、ミサイル陣地など100か所ほどの目標を攻撃するという作戦計画を伝えている。

ただし、同じ28日付の「ニューヨーク・タイムズ」紙は、化学兵器の漏出の危険性を考慮して貯蔵施設そのものは狙わず、運搬手段であるミサイルだけを狙うという、「デイリー・テレグラフ」とはやや矛盾した内容を伝えている(「ロサンゼルス・タイムス」にも同じような記事が載った)。

このあたりについては、おそらくまだ様々な作戦計画が交錯している段階なのだろう。

トマホークによる攻撃態勢

イージス艦から発射されるタクティカル・トマホーク
イージス艦から発射されるタクティカル・トマホーク

いずれにしても、今回の攻撃で主力を演じるのはトマホークになりそうだ。

トマホークは小さなジェットエンジンを付けたいわば小型の飛行機の様なミサイルで、事前に入力されたデジタル・マップ、実際の地形、GPSなどを照らし合わせながら超低高度を飛行することができる。

小型な上に電波の届かない超低空を飛ぶため、その捕捉、撃墜は容易ではない(しかも最新型のタクティカル・トマホークは一定のステルス性を持つ)。

しかも射程は(バージョンによって異なるが)1000~3000kmもあるため、自国の軍人を危険にさらすことなく攻撃できるという、絶大なメリットもある。

命中精度も非常に高く、長大な射程を持ちながら命中誤差(より専門的に言うと円形半数必中界)はわずか10mにしかならないという。

要するに、人命喪失のリスク(これは21世紀の戦争において極めて大きなリスクである)を抑えつつ、非常に精密な攻撃を行えるのが巡航ミサイルであるわけで、1990年代以降、米英が行ってきた戦争では多用されている(このほかに空中発射型のCALCM巡航ミサイルもあり、これも今回の軍事介入で投入される可能性はある)。

ただし、前述のように英海軍の原子力潜水艦が搭載するトマホークはアテにできなくなってしまったため、米海軍は駆逐艦を1隻増強して、駆逐艦5隻+原子力潜水艦1隻の搭載するトマホークを攻撃に投入する意向のようだ。

一方、フランス海軍も地中海には展開しているのだが、同海軍唯一の空母「シャルル・ド・ゴール」はまだツーロン港に居り、唯一展開しているフォルバン級駆逐艦は巡航ミサイルを搭載していない。

このため、対地攻撃能力に関していえば、フランス海軍はほとんど戦力としてカウントできない。つまり今回の軍事介入は完全に空母抜きで行われるということだ。

巡航ミサイルの「欠点」

ただし、巡航ミサイルにはいくつか欠点もある。

第一に、基本的には事前にセットされた目標しか攻撃できず、移動する目標は攻撃できない(最新型のタクティカル・トマホークは15目標をプリセットしておき、飛行中にその中から目標を選択して切り替えることが可能だが、どこに行くか分からない目標を叩けないことには変わらない)。

しかもトマホークは速度が遅いため、移動目標を発見してから撃っても、到達するまでにまた別の場所へ移動されてしまう恐れがある。

第二に、トマホークでは地下深くに設置された堅固な施設を攻撃できない。

第三に、ミサイルは一度撃ったらそれまでであり、継続的な反復攻撃が行えない。

今回の軍事介入は「化学兵器使用への対応」であり、アサド政権の転覆までもくろんでいるわけでないと米国は繰り返している。

その意味で言えば第三点はさほど問題にならないにしても、第一・第二点は深刻だ。

第一点についていえば、シリア軍の化学兵器運搬手段(短距離弾道ミサイル等)は移動式発射機に載せられているので、捕捉は容易でない。

実際、1991年の湾岸戦争でも多国籍軍はイラク軍の短距離弾道ミサイルを捕捉・破壊することがなかなかできず、苦戦している。ましてや遅く、融通の効かない巡航ミサイルで破壊するのは困難だ。

第二点についていえば、化学兵器関連その他の重要施設は全部ではないにせよ一部が地下要塞化されていることが想定される。

低速の巡航ミサイルでは、数m~数十mもの土とコンクリートを突き破って目標を破壊することはできない。

結局は戦闘機も必要に

したがって巡航ミサイルに期待できるのは、地上にむき出しになっている軍事施設(たとえば飛行場)を破壊して一般市民への虐殺を軽減したり、政治・軍事的中枢を打撃してアサド政権に圧力を掛けるような効果であって、化学兵器そのものの除去にどこまで効果を発揮するかは疑わしい。

結局は上空に精密誘導兵器や地中貫通型爆弾を搭載した戦闘爆撃機を送り込み、弾道ミサイル狩りや地下施設攻撃を行うしかないだろう。

これには隣国ヨルダンとトルコに展開している米空軍部隊が動員されると思われる(このほか、キプロスの基地使用を要請しているとの報道もあったが、現状は不明)。

また、米本土から長距離爆撃機が飛来して巡航ミサイルや誘導爆弾による攻撃を行うことも考えられよう。

シリアの防空戦力は?

すると気になるのが、これを迎え撃つシリアの戦力はどれほどか、ということである。

この種のデータでは最もスタンダードなIISS(英国王立国際戦略研究所)のThe Military Balanceによると、シリア空軍が保有している戦闘機(攻撃や戦闘爆撃機は除く)はいずれもソ連/ロシア製で、第4世代のMiG-29約40機、第3世代のMiG-23が約60機、MiG-25が30機、第2世代のMiG-21が160機の合計300機弱。

以上のうち、ロシアでレーダーなど電子機器のアップグレード改修を受けた一部のMiG-29やMiG-23以外は相当に旧式化しており、米軍の航空戦力と正面切って戦うことは難しい。

また、一部の機体を除くと、自機よりも低い位置の目標を発見・攻撃する能力を持たないため、超低空飛行する巡航ミサイルを迎撃するのも難しそうだ。

実はシリアは2007年、ロシアから超低空目標の迎撃も可能なMiG-31の導入を決定していたのだが、内戦で導入がキャンセルされてしまったという経緯がある。

1982年にベカー高原で撮影されたシリア軍のクヴァドラート地対空ミサイル
1982年にベカー高原で撮影されたシリア軍のクヴァドラート地対空ミサイル

一方、地対空ミサイルもやはり全てソ連/ロシア製で、以下のとおりである。

・S-200VE(射程240km)×44ユニット(固定式)

・S-125/S-125M(射程16/22km)×160ユニット(固定式)

・S-75(射程35km)×320ユニット(固定式)

・ブーク-M2E(射程50km)×8ユニット(移動式)

・クヴァドラート(射程22km)×195ユニット

・オサー-AK/オサー-AKM(短射程だが具体的な射程不明)×60ユニット(AK/AKM合計)

以上のようにシリアの防空システムは様々な射程のミサイルが多数揃え、どの高度においても敵を迎撃できるようにするというソ連型の防空戦ドクトリン(1973年の第4次中東戦争ではその有効性が実証された)を体現している。

ただ、問題はやはり旧式化だ。

ブーク-M2E地対空ミサイル
ブーク-M2E地対空ミサイル

以上で挙げたうち、ソ連崩壊後に開発された新世代防空システムはブーク-M2Eだけであり、あとは1970代のシステムである。

これに対してシリアはロシアからS-300長距離防空システムやパンツィーリ短距離防空システムの導入を図っていたが、これも実現しなかったと見られている。

ただ、S-300については空爆に対する強力な対抗手段となるため、ロシアは最近まで供与するともしないともはっきりしない姿勢を取っていた。

さらにアサド大統領などは「すでにシリアに到着している」などと発言して注目を集めたが、後にロシアが否定したこと、衛星などで確認されていないこと(S-300は巨大なシステムなので、複数持ち込もうとすればまず隠しおおせない)から、おそらくは未配備なのだろう。

一方、パンツィーリのほうは実際にある程度の数が供与されたという情報もあり、現時点では判断がつかない。

(ロシアからシリアへの武器輸出については以下の拙稿を参照)

軍事介入は成功するか?

結論から言えば、シリアの保有する旧式の防空システムでは米軍の軍事介入を防ぎきることは難しいだろう。

特にトマホークによる固定目標への攻撃は、まず所期の成果を達成可能と見てよい。

ただし、上空に送り込まれる米軍戦闘機は、旧式とは言えかなりの数の防空システムに直面しなければならない。

しかも米空軍は現在、敵の防空システムを発見して破壊したり、電子妨害を行ったりする敵防空網制圧(SEAD)を海軍の艦載機に依存している。

ところが肝心の海軍は先週まで地中海に居た空母「ハリー S. トルーマン」をアラビア海へと移し、同海域に居た空母「ニミッツ」と交替してアフガニスタン作戦の支援任務に就けてしまった。

このあたり、米空軍に何らかの対策があるのか、戦闘機の投入はごく限定的に留めるつもりなのか、今一つ読み切れない。

あるいは、全く別の方法で防空システムを無力化しようとしている可能性もある。

2007年にイスラエル空軍がシリアの核施設を爆撃した際にはサイバー攻撃によってシリア空軍のレーダー画面を乗っ取り、イスラエルの爆撃隊が飛んでいないかのように見せる、という方法が使われた。

さすがにシリア軍の対策を講じている筈なので全く同じ手は使えまいが、米軍が別のサイバー攻撃手段を考えている可能性は考えられよう。

他方、シリア側からはアサド政権を支持する「シリア電子軍」なる集団がTwitterや「ニューヨーク・タイムズ」などにサイバー攻撃を掛けるなど、すでにサイバー空間では戦いの一端が始まっているようだ。

ただし、戦闘そのものが米軍優位で進むであろうことはたしかであるにせよ、それがどれほどの効果をもたらすかはやはり疑問である。

現在予想されている攻撃は数日間の間にせいぜい100~数百か所の目標を攻撃するという程度であり、軍事的には決定的な打撃とは言えないためだ。

そもそも前回の記事でも触れたように、オバマ政権は今回の攻撃に非常に及び腰であり、アサド政権の暴走に対して何らかの行動を示す必要はあるが、かといって政権打倒まで行くと反政府軍の中に居るアル・カーイダ系グループの台頭を許す恐れもある・・・というジレンマの中にある。

紛争がイスラエルに飛び火することへの懸念も根強い。

ミサイルは目標に当たりはするだろうが、それによって何がしたいのかは今一つ見えていない、というのが米国の現状ではないだろうか。

安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

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