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北朝鮮「日本統治時代のウイスキー産地」で今も続く密造酒

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

中国と国境を接している北朝鮮の新義州(シニジュ)の南東郊外にある石下(ソッカ)は、昔から水の良いことで知られている。その南にある楽園洞(ラグォンドン)、楽清洞(ラクチョンドン)には、斜面に無造作に伸びた道沿いに、古ぼけた家が立ち並んでいることが、衛星写真からもはっきりと見える。

当局は、この地域に対する監視と取り締まりを強化している。密造酒工場が多数存在するからだ。

現地のデイリーNK内部情報筋は、社会安全省(警察庁)が今月の初め、「密造酒現象とそれに関連する行為を無慈悲に制裁せよ」との指示が下されたと伝えた。

この指示文書には、実際に密造酒が作られている全国の地域が挙げられているが、ここまで詳細なリストは今まで見たことがないと情報筋は驚いた。驚いているのは平安北道安全局も同じだという。

現地では、「この地域には日本の植民地時代にウィスキー工場があった」と言われている。たしかに新義州には、東洋拓殖系の朝鮮無水酒精、民族資本の焼酎工場の新義州醸造などがあったが、存在したのは市内の別の地域だ。

ちなみに当時、朝鮮でウィスキーと言えば、サントリーウィスキーや英国産のウィスキーで、国産のウィスキーが醸造されるようになったのは、1946年以降のことだ。北朝鮮では2010年代後半になって、ジョニー・ウォーカーをベンチマーキングして作られた国産の三日浦(サミルポ)ウィスキーが出回るようになった。もちろん、ウィスキーの主顧客層である特権層は、英国から輸入した「本物」を飲むだろうが。

いずれにせよ、この地域で良質の水が湧いていることには違いなく、市内で出回る密造酒の8割がこの地域で作られている。

(参考記事:北朝鮮で「昭和天皇が飲んだ」と伝わる水がバカ売れ

原料となるアルコールは、首都・平壌郊外の平城(ピョンソン)に国家科学院で勤務経験を持つ人が製造し、ポリ車(個人所有のトラック)を使って運ばれてくると、社会安全省の文書に記載されているとのことだ。

社会安全省は、アルコールの運搬を取り締まるため、10号哨所(検問所)でポリ車を片っ端から検問し、もしアルコールが見つかれば、運行禁止、全量没収の措置を取るように指示した。

また、醸造に使う機械、釜、麹、酒樽はもちろん、原材料を販売した商人からも商品を没収し、密造酒の販売業者に対する摘発も行う。摘発された者は、非社会主義行為(社会主義にそぐわない行為)を行った容疑で、思想闘争(吊し上げ)を行う。

密造酒を徹底して取り締まる背景には、複数の理由がある。一つは「穀物の無駄」という点だ。食べるコメが足りていないのに、不必要な酒、それも密造酒に使うのは言語道断というわけだ。

娯楽の少ない北朝鮮では、なにかに付けて飲み会が開かれることが多いが、酒に酔って乱暴狼藉を働く「スルプン」が後を絶たない。当局は、その元となる酒そのものに対して、あまりよく考えていない。

また、密造酒を飲んで命を落とす人が出たことも関係していると思われる。ある密造酒業者が、国営の醸造場から横流しされた本物のラベルを貼った瓶に、密造酒を入れて販売したが、これを飲んで急激な視力低下に襲われたり、死亡したりする人が相次いだ。おそらく工業用アルコール(メタノール)が混入していたものと思われる。

民間人が酒を製造・販売すると、一銭の税金も国庫に入らないことも取り締まりの理由と見られる。だが、密造酒ブームは一向に収まる様子はない。

市場抑制策により「農産物以外はすべて国の専売」という状況となり、多くの人が現金収入を得られなくなり苦しんでいる。そのため、密造酒に限らず、あの手この手で密造した製品を密売する現象が現れている。それ以外に現金収入を得る道がないからに他ならない

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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