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「戦争できる状況じゃない」北朝鮮軍から漏れるホンネ

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

 北朝鮮の金正恩総書記は15日に行われた最高人民会議第14期第10回会議での施政演説で、「朝鮮半島で戦争が起こる場合には、大韓民国を完全に占領、平定、収復し、共和国領域に編入させる」「いったん、戦争がわれわれの前の現実に迫ってくるなら、絶対に避けるのに努力しない」などと発言。これらを含めて23回も「戦争」に言及し、朝鮮半島の緊張を煽った。

 しかしその一方、北朝鮮内部では「今すぐ戦争などできる状況ではない」という声も出ている。

 北朝鮮軍内部の事情に詳しい情報筋は18日、韓国デイリーNKの取材に「ソウルと東京に対してはある程度(攻撃する)準備ができたと言えるが、今の兵器体系ではワシントンまでは叩けない。米国をまともに叩けない状況では、絶対に戦争を先に起こすことはできない」と話した。

 また別の情報筋も、「戦争まで行くにはその前に核の多弾頭化やEMP(電磁気パルス)が準備できていなければならない」とし、直ちに戦争が起きる可能性はないと断言した。

 たしかに今までのところ、北朝鮮が弾道ミサイルの多弾頭化やEMP兵器の実験を行った気配はない。それらがなければ、米国に本物の脅威を与えることはできないかもしれない。

 前出の2人目の情報筋はまた、「人民軍で世代交代が進行しているが、最近は軍に入ろうとする人材がいない」としながら、金正恩氏の戦争への言及は「人民軍に警鐘を鳴らし、また軍需工業や国防科学分野にも開発を急げというシグナルを与えるものだろう」と説明している。

 たしかに金正恩氏のほかに、戦争気分で盛り上がっている人々が、北朝鮮国内にそうそういるとも思えない。核戦争になれば生き延びられないということを、ほとんどの国民は理解している。

(参考記事:「戦争になったら、どうせ死ぬ」ミサイル発射に冷淡な北朝鮮国民

 ただ、だからと言って金正恩氏の「戦争意思」を軽く見るべきではないだろう。各国の北朝鮮専門家の間には、金正恩氏のホンネは「米国との対話で妥協を迫ること」であると見る向きが根強く残っている。

 しかし逆に考えて、米国が北朝鮮に妥協する可能性がどれほどあるだろうか。仮に、その可能性がゼロに近いとすれば、その現実を金正恩氏がすでに受け入れていてもおかしくはない。そもそも、中国およびロシアとの協力が深まっているいま、金王朝が生き延びるうえで、必ず米国との関係改善によって解決すべき問題が見当たらないのである。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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