Yahoo!ニュース

「安倍元首相が撃たれた」秘密を噂した北朝鮮女性ら逮捕

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
北朝鮮の兵士(デイリーNK)

 北朝鮮の金正恩総書記の指導の下で行われた、2022年6月の朝鮮労働党中央委員会書記局拡大会議では、「党総務活動の規定と機密管理体系を改善する問題」についての討議が行われた。

 それに基づき、昨年2月の最高人民会議常任委員会第14期第24回総会で、国家秘密保護法が採択された。

 それ以降、この法に則って取り締まりが行われたが、驚くような結果が明らかになった。最も多かった違反者は、国家の秘密を守るべき保衛部(秘密警察)の関係者とその家族だったというのだ。

 黄海北道(ファンヘブクト)のデイリーNK内部情報筋によると、黄海北道保衛局は昨年11月9日、市や郡の保衛部の年末講習を行った。その場では、国家秘密保護法違反の事例に関する総和(総括)が行われた。

 具体的には、政治講演会の原稿や内部指針、機密文書の搬出などに係る案件で、その数は道内だけで百数十件に達したという。

 そのうち、警告、厳重警告、調動(人事異動)、解任、降格などの処罰を受けた事例が30件以上となったと告げられるや、会議場は重苦しい空気に包まれた。情報管理のお粗末さが明らかになり、上層部から何らかの介入があることが予想されたからだ。

 何より恐ろしいのは、金正恩氏の反応だ。情報の国外流出は同氏が最も嫌うもののひとつで、責任者が銃殺刑にされた事例もある。

(参考記事:若い女性を「ニオイ拷問」で死なせる北朝鮮刑務所の実態

 2019年には国税調査の内容をたまたま知った軍の大佐が処刑された。彼の妻が、その内容を噂したのが発端だった。妻もまた逮捕され、おそらくは管理所(政治犯収容所)送りとなった。

 ちなみに北朝鮮では、国外から密かに入手した情報も流布すればとんでもない目に遭う。一昨年の夏には、「安倍晋三元首相が射殺された」という一般の北朝鮮国民が知らないはずの事件を噂した女性が逮捕される一件があった。こうした情報の流布も、韓流と同様に重罪の対象となるのだ。

 道保衛局は、会議で明らかにした違反事例も国家秘密にすべきだとした。こんな実態が一般国民に知られたら、情報統制のタガが一層ゆるんでしまうためだ。

 徹底した秘密主義を取る北朝鮮は、公の機関を通じずに情報が海外に出ること自体を極度に嫌う。コメの値段といった、国家機密とは思えない情報であっても罪に問われる。

 だが、この記事で伝えているように、秘密指定されたはずの会議の内容がさっそく外部に漏れてしまっているのが現状だ。これは決して珍しいことではなく、「機密文書の国外流出を戒める文書が国外流出してしまう」といった事態も当たり前のように起きている。「ここだけの話」が口コミで広がることは、いつものことなのだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

高英起の最近の記事