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「座して死を待てない」北朝鮮 "戦闘機パイロット" の究極の選択

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央テレビ)

中国国境に接する北朝鮮の咸鏡北道(ハムギョンブクト)会寧(フェリョン)の民家で先月24日、中年男性の遺体が見つかった。遺体は死後10日ほど経ち、左腕に刃物で刺した傷があることから、自ら命を絶ったものと結論付けられたようだ。

亡くなったのは、50代男性のキムさん。一体彼に何が起きたのか、現地のデイリーNK内部情報筋が詳細を語った。

彼は、北朝鮮で超のつくエリートである空軍パイロットだった。今では落ちぶれた北朝鮮空軍にも、かつてはベトナム戦争や中東戦争で、米空軍やイスラエル空軍と死闘を繰り広げた歴史がある。

(参考記事:米軍機26機を撃墜した「北の戦闘機乗りたち」

20年あまり勤め上げた後で、上佐(中佐と大佐の間)で除隊した。その後、故郷の会寧に戻って、市人民委員会(市役所)の副員(指導員)として働いていた。

平穏な日々が続くはずだった彼に、突如として事件が降り掛かった。妻と娘が逮捕されたのだ。

デイリーNKでも報じているが、軍での勤務を終えて故郷に戻ってきた20代の娘が、就職もせずにいたことに対して安全員(警察官)が注意を繰り返したところ、腹を立てて母親と共に激しい暴行を振るい逮捕されたのだ。2人に対して21日、労働鍛錬刑(懲役)6ヶ月の判決が下された。

北朝鮮で社会的に高い地位にある軍の軍官(将校)だが、中でも空軍パイロットは最高の待遇を受けていた。除隊後にも、配給や生活費の面で一般の除隊軍官より優遇され、家族を含めて何か間違いを起こしたとしても、不問に付されることが多かった。

キムさんは、プライドが非常に高かったと思われる。そんな彼にとって妻子が逮捕されたことはたいへんなショックだっただろう。そんな当局の取り扱いに反発して自ら命を絶ったのではないかというのが、現地でのもっぱらの噂だ。

ちなみに除隊軍官に対する待遇は、経済難の中で徐々に悪化している。実際、生きていく術を失い、もはやこれまでと命を絶ったのではないかとの声も上がっている。

「ここ(北朝鮮)では、女性がカネを稼いで家族を養う。最近はコロナのせいで皆が苦しいが、戦闘機に乗ってばかりで国からの恩恵で生きてきた人が、自分の力だけでどうやって生きていけようか」(地元の声)

1990年代後半の大飢饉「苦難の行軍」のころは、国の配給システムに頼って生きていた人々が、配給の中断により生きる術を失い、次々に餓死していった。商才のある者は自らの力でカネを稼ぎ生き抜いたが、キムさんは妻と娘が同時に逮捕、収監され、頼れる者がおらず、まさに苦難の行軍のころのように、座して餓死を待つしかなかったのだ。

国のために一生を捧げたエリートパイロットの、あまりにも悲しすぎる最期だ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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