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「顔面紅潮」させた金正恩が、ある側近を葬った一部始終

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央テレビ)

北朝鮮の金正恩総書記は8日、金日成主席の命日に際し、錦繍山(クムスサン)太陽宮殿を参拝した。北朝鮮メディアが公開した写真を見ると、同行者の中には先日の朝鮮労働党政治局拡大会議で失脚した可能性が取り沙汰されていた李炳哲(リ・ビョンチョル)党中央軍事委員会副委員長と、朴正天(パク・チョンチョン)軍総参謀長の姿も見える。

李炳哲氏は前から3列目に立っており、最前列に並んだ政治局常務委員会のメンバーからは外されたもようだ。また、朴正天氏は2列目に並んでいるものの、軍服の階級章から、元帥から次帥に降格されたことがわかる。

それでもこうして公式行事に姿を現したことで、「粛清だけは免れた」と見る向きがある。本当にそうだろうか?

金正恩氏は党政治局拡大会議で、「国家と人民の安全に大きな危機を醸成する重大事件」が起きたとまで言った。李氏と朴氏がその責任を問われるのだとすれば、処刑されてもおかしくはない。それに、失脚後に公式行事に姿を現し、「復権した」と見られながら姿を消した元高官の前例もある。

かつて、軍総政治局長として「北朝鮮のナンバー2」と見られていた黄炳瑞(ファン・ビョンソ)氏は2017年10月、公式の場から姿を消した。同11月には韓国の情報機関・国家情報院が国会情報委員会に対し、「党に対する不純な態度を問われ処罰されたもよう」と報告した。

しかし翌年2月16日、北朝鮮メディアが報じた写真にその姿が確認され、6月には金正恩氏の地方視察に同行。さらに8月の視察同行時には、肩書が「党中央委員会第1副部長」となっていた。ところが、黄炳瑞氏は同年12月3日付の報道に登場したのを最後に、完全に姿を消した。

韓国紙・東亜日報の敏腕記者で、脱北者でもあるチュ・ソンハ氏は自身のブログで、黄炳瑞氏は処刑された可能性が高いとし、その経緯について次のように伝えた。

チュ氏によれば、黄炳瑞氏の転落のきっかけは2017年10月12日に行われた、あるエリート養成校の創立70周年行事での出来事だった。記念行事に参加した金正恩氏は、施設を見て回り芸術公演を鑑賞した後、運動場に出た。ところが、こうしたイベントに付き物の体育行事が準備されていなかった。

金正恩氏は隣にいた黄炳瑞氏に、「なぜ体育行事を行わないのか」と質問。当時68歳だった黄炳瑞氏は33歳の金正恩氏に対し、あたふたした様子で「中央党(党中央委員会)と相談してそのようにした」と答えた。

この回答に金正恩氏は「中央党が、お前が相談すべき相手か」と怒りを露に出し、顔を紅潮させて車で走り去ったという。

(参考記事:女性芸能人たちを「失禁」させた金正恩氏の残酷ショー

体育行事を見られなかったことが、どうしてそれほど金正恩氏の気に障ったのかはわからない。黄炳瑞氏はその現場で、たとえば金正恩氏の権威を傷つけるような、さらなる失態を演じたのかもしれない。

いずれにせよ北朝鮮においては、一時は権勢を誇った最高幹部が、あるひとつの失敗をきっかけに失脚し、表面的には復権しながら、最終的には闇から闇へ葬られる例があるということだ。李氏と朴氏の運命がどうなるかを見極めるには、もうしばらく注視する必要があるだろう。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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