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「餓死を免れるため」命がけで外出する北朝鮮の障害者たち

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(平壌写真共同取材団)

北朝鮮国営の朝鮮中央通信は昨年2月、「不世出の偉人たちの愛の中で発展してきた障害者保護事業」という記事を配信している。以下、一部抜粋する。

朝鮮で、障害者たちは自主的権利と利益を法的に保証されて幸せな生を享受している。(中略)

また、主席の細心な配慮の中で各地に障害者のための戦傷栄誉軍人工場、軽労働職場、療養所、聾唖(ろうあ)学校、盲人学校が建てられた。

金正日総書記は、1998年に障害者保護事業を専門とする機関を設けるようにし、2003年6月には「朝鮮民主主義人民共和国障害者保護法」を採択するようにした。

人民に対する烈火のような愛を身につけている最高指導者金正恩党委員長は、障害者の生活にいつも深い関心を払っている。(以下略)

一方、咸鏡北道(ハムギョンブクト)で、障害者ら5人が逮捕される事件が起きた。新型コロナウイルス対策の移動制限違反と知りつつ、商売のために他地域に向かっていた容疑だが、「自主的権利と利益を法的に保証されて幸せな生を享受している」はずの彼らがなぜ、危険を冒して商売に出かけたのか。

新型コロナ対策の防疫ルール違反には軍法が適用されており、下手をすれば銃殺である。

(参考記事:「気絶、失禁する人が続出」金正恩、軍人虐殺の生々しい場面

現地のデイリーNK内部情報筋によると、逮捕されたのは清津(チョンジン)市の羅南(ラナム)区域にある清津盲人靴工場の労働者とその家族5人だ。彼らは、旧正月を控えた今月初め、男性3人と女性2人が別々のグループで工場を発って、羅先(ラソン)、穏城(オンソン)、会寧(フェリョン)の農村や山村を巡る行商に出た。

しかし、いずれも中国との国境に接した地域で、普段から立ち入るには特別な旅行証(国内用パスポート)が必要で、コロナ対策でさらに制限が強化されていた。間違って国境線付近の緩衝地帯に近づきでもすれば、射殺されかねない。

ところが、目的地に辿り着く前に、会寧(フェリョン)のペムコル哨所(チェックポイント)で逮捕されてしまったのだ。

彼らはスニーカーを持っていたが、すべて没収された。いずれも工場の製品だった。安全部(警察署)が行った家宅捜索では、工場から盗み出したスニーカーが大量に発見された。

報告を受けた政府は、労働者と家族の秩序を保てなかったとの理由で、工場の支配人を撤職(更迭)処分とした。逮捕された5人の処分について情報筋は触れていないが、コロナ規則を破ったことから、単なる窃盗では済まされないだろう。

最初の問いに戻るが、恵まれた生活を送っているはずの彼らがなぜ行商に出たのか。それは餓死を免れるためだ。

コロナ対策による経済的苦境の余波は工場の経営を直撃したが、当局は一切の支援を行わなかった。このままでは餓死しかねないと考えた労働者と家族は、コロナ規則違反であることを知りながら、座して死を待つよりはマシだと、工場から製品を盗み出して行商に出たのだった。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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