金正恩氏が次の「いけにえ」にと考えているのはこの人物

金正恩氏(朝鮮中央通信)

北朝鮮の朝鮮中央通信は今月1日から10日にかけて、金正恩氏が新義州(シニジュ)の化粧品工場や三池淵(サムジヨン)の建設現場など現地指導したことを報じた。それを通じ、失脚したとみられていた黄炳瑞(ファン・ビョンソ)氏が同行していることが確認された。

黄氏は昨年、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)総政治局長を解任され、今年4月には国務委員会の副委員長も解任された。黄氏の解任劇の裏で、なんらかの権力闘争が起きているのか、もしくは金正恩氏による大粛清がまたもや幕を開けるのではないかとの憶測を呼んでいた。

黄氏はここ数年、金正恩氏の恐怖政治を支えてきた人物のひとりだ。金正恩氏は2013年、叔父の張成沢(チャン・ソンテク)氏を粛正・処刑した。北朝鮮の政治において粛正は珍しいものではないが、この事件は金正恩氏がいかに冷徹無比な最高指導者であるかを知らしめた。張氏の粛正を皮切りに、金正恩氏は自分が気に入らない人物を、たとえ軍の高官であろうと時には人体をミンチにするような残忍な方法で処刑してきた。

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黄氏は、張成沢粛正事件の裏でも暗躍。それに加えて、朝鮮労働党組織指導の第1副部長、軍の思想統制を管轄する総政治局長を歴任し、金正恩体制を支えてきた。金正恩氏の公式行事にも頻繁に同行する側近中の側近だったが、昨年に総政治局長を解任され微妙な立場に陥っているとささやかれていた。

その一方で、一部の公式行事ではその姿が捕捉されていた。黄氏の例に限らず、北朝鮮では過去に粛正されたり、表舞台から消え去ったと見られたりした人物が復帰する例は、珍しくない。その代表的な人物として挙げられるのが崔龍海(チェ・リョンヘ)氏だ。

崔氏の父は、金正恩氏の祖父・故金日成主席の盟友だった崔賢(チェ・ヒョン)元人民武力部長(国防相に相当)だ。崔氏は、抗日パルチザン時代から金日成氏を支えた人物の息子ゆえに、最高幹部の地位を維持しているが、女性問題、それもほとんど性犯罪とも言えるほどの変態性欲スキャンダルを起こした過去を持ち、失脚と復活を繰り返してきた札付きの極悪幹部だ。

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黄氏や崔氏のように、失脚と復帰を果たす幹部もいる裏で、そのまま消え去った人物もいる。黄氏と同時に国務委員から解任された金元弘(キム・ウォノン)氏だ。

金元弘氏の最後の肩書きは国務委員だが、それ以前には秘密警察である国家保衛部(現国家保衛省、以下保衛省)のトップの座にあった。この保衛省だが、北朝鮮国内ではすこぶる評判が悪い。秘密警察として国民の動向を監視するだけでなく、時には韓流ビデオのファイルを保有していたという容疑だけで女子大生を拷問し悲劇的な末路に追い込む残忍な捜査手法が北朝鮮国民の恨みを買っているのだ。当然、そのトップだった金元弘氏の評判も悪い。

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しかし、黄氏は金元弘氏とともに、金正恩氏の恐怖政治を支えてきた人物である。一方が復帰して、もう一方は消えたままとは、いったいどんな理由によるものなのだろうか。筆者は、金正恩氏はいずれ金元弘氏を「スケープゴート(生贄)」にするのではないかと見ている。

金正恩氏は今年に入り、米国や韓国、中国との対話を通じ、「意外と物わかりの良い指導者」としてのイメージを打ち出そうとしている。しかし、先述したように何人もの幹部を無慈悲に粛正してきた過去を拭い去ることはできない。

そこで、「これまでの粛正はすべて金元弘が主導した。私はそこまでするつもりはなかった」として責任逃れをするというシナリオだ。

父である金正日総書記が日本人拉致について、「特殊機関の一部の盲動主義者らが、英雄主義に走ってかかる行為を行ってきたと考えている」との認識を示し、謝罪したのと同様にだ。

しかし、金正恩氏がいくら国外的に「良い指導者」としてアピールしても、北朝鮮の政治体制が抱える歪みや、その裏で積み重ねてきた粛正の歴史が消えることはない。