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金正恩氏のやりたい放題が韓国新政権に「無様な失敗」の烙印を押す

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏

北朝鮮が14日、弾道ミサイル1発を発射した。韓国軍合同参謀本部によると、飛行距離は700キロ以上。今年に入って7回目となるミサイル発射だ。米トランプ政権は4月以後、北朝鮮に対する軍事的圧力を強めているが、金正恩党委員長は核とミサイルを断念するような姿勢を一切見せていない。

そして、今回のミサイル発射によって、北朝鮮との対話姿勢を打ち出す韓国の文在寅政権は、早くも試練を迎えることになった。

地雷で吹き飛ぶ兵士

今回のミサイル発射は、文氏が大統領に就任後初めてとなる。文氏は14日、「国連安保理決議の明白な違反であるだけでなく、朝鮮半島はもちろん国際平和と安全に対する深刻な挑発行為だ。韓国政府はこれを強く糾弾する」と、北朝鮮を強く非難。また、「北朝鮮との対話を念頭に置いているが、挑発には断固として対応する」とし、「北朝鮮の態度の変化があって初めて対話が可能であることを示さなければならない」と語った。

日本では一部に、北朝鮮に対する融和姿勢を主張する文氏が、まるで生粋の「親北朝鮮派」であり、北朝鮮側に立った大統領であるかのように危険視する論調が見受けられるが、これはいささか誇張しすぎといわざるをえない。実際、文氏は就任当日には米トランプ大統領と電話会談を行い、「韓米同盟が韓国の外交・安保の根幹」と述べた上で、北朝鮮の挑発抑止と核問題解決に向けたトランプ氏の姿勢を高く評価した。

それでも、2008年から9年余り続いた李明博氏、朴槿恵氏の保守政権に比べると、北朝鮮に融和的な姿勢で臨むことは間違いないだろう。文氏はこのように関係各国とコミュニケーションしながら、平壌を訪問して金正恩氏と会談するための環境を整えていくつもりだったのかもしれない。

しかし、今回のミサイル発射によって出鼻をくじかれた形だ。そもそも、対話姿勢で金正恩氏の核・ミサイル戦略を放棄させるという発想自体が極めて楽観的過ぎると指摘せざるをえない。

韓国も過去には、北朝鮮に対して強気の姿勢で押し切った例がある。

2015年8月、北朝鮮が非武装地帯に仕掛けた地雷が爆発、韓国軍兵士の身体が吹き飛ばされた事件が発端となり南北の軍事危機が起きた。当時の朴槿恵大統領は、北朝鮮の謝罪を断固要求した。韓国世論も朴大統領の強硬姿勢を後押しした。背景には、韓国軍が公開した地雷が爆発する瞬間のショッキングな映像の影響があったと見られる。最終的に北朝鮮は「遺憾の意」を表して事実上の謝罪をさせられる結果となった。

(参考記事:【動画】吹き飛ぶ韓国軍兵士…北朝鮮の地雷が爆発する瞬間

暗殺の脅しも

韓国には、いまだに「対話によって北朝鮮の核とミサイルを放棄させる」という楽観論も見受けられる。ただし、北朝鮮の核開発の歴史を振り返ってみると、この発想自体に誤りがあることがわかる。

北朝鮮が初めて行った核実験は2006年、つまり融和姿勢で北朝鮮と接していた盧武鉉政権時に強行されたものだ。なによりも金正恩体制は、昨年36年ぶりに開いた朝鮮労働党大会で、それ以前から打ち出していた核開発と経済発展の二つを両立させる「並進路線」を党規約に明記。北朝鮮の国策の中心に据えられた核開発を、韓国が少しばかりの経済支援や対話などで放棄させられるような段階ではない。

就任直後のミサイル発射によって、金正恩氏は文氏が掲げる融和姿勢に対し、いきなり匕首を突きつけたような形となったが、まだまだ序の口と見るべきだろう。

いずれ北朝鮮が核実験を強行すれば、韓国世論からも融和政策に異論が出始めるだろう。国際社会の北朝鮮圧力に歩調に合わせる必要もある。

今のところ、北朝鮮メディアは韓国の保守勢力には非難を強めつつ、文氏を代表とする革新勢力に対しては、評価を避けている。しかし、文氏が強硬姿勢に転じれば、当然、北朝鮮は非難を始めるだろう。強硬姿勢を貫いた朴元大統領は暗殺の脅しさえ受けた。

(参考記事:金正恩氏「朴槿恵暗殺」特殊作戦を公開

文氏は、朴大統領の罷免により前倒しされた大統領選で当選したことから、準備不足のまま即刻、大統領としての職務をスタートさせた。さらに、文氏が所属する「共に民主党」の国会での議席数は総定数300に対して120と過半数に達しておらず、内政問題で困難を抱えることが予想される。また、人権派弁護士として活躍した経歴を持つだけに、政治犯収容所に象徴される北朝鮮の人権蹂躙に対する姿勢も問われるだろう。

(参考記事:北朝鮮、拘禁施設の過酷な実態…「女性収監者は裸で調査」「性暴行」「強制堕胎」も

厳しい船出といえる文政権に対して、金正恩氏が核実験や長距離弾道ミサイル発射などの強硬姿勢で臨めば、文氏が掲げる北朝鮮との対話路線は、早々に「無様な失敗」の烙印が押される可能性がある。そうこうしているうちに、北朝鮮は核兵器の材料となるプルトニウムや高濃縮ウランを増産し、弾道ミサイルの性能も高めていくだろう。

結局のところ、北朝鮮そのものが変わらないことには、こうした悪循環が終わることはない。では、金正恩体制が自ら変わることはあり得るのか?現状では、彼ら自身がそれを否定している。

それならばもはや、北朝鮮に体制変更を強制する以外に、韓国が、そして日本を含む周辺国が安全を確保できる道はないと言えよう。

(参考記事:「いま米軍が撃てば金正恩たちは全滅するのに」北朝鮮庶民のキツい本音

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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