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東京2020オリンピックで、錦織圭 vs. ジョコビッチの対戦が実現した幸運をわれわれは感謝すべきだ

神仁司ITWA国際テニスライター協会メンバー、フォトジャーナリスト
準々決勝でジョコビッチに敗れた錦織(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 厳しいコロナ禍ではあるものの、東京2020オリンピックで、錦織圭対ノバク・ジョコビッチの対戦が実現した幸運を、われわれは感謝すべきなのではないだろうか――。

 オリンピック・テニス競技の男子シングルスで、錦織(ATPランキング69位、7月26日付)は、第1シードのジョコビッチ(1位、セルビア)に、2-6、0-6で敗れ、4度目のオリンピックを終えた。

「強かったですね。終始何もできずに終わったので、悔しい気持ちが大きいです」(錦織)

 これまでジョコビッチとの対戦成績は、錦織の2勝16敗(錦織の棄権負け2回含まず)で、錦織の15連敗中(錦織棄権負け1回含まず)。錦織の勝利は、2014年USオープン準決勝まで遡らなければならない。

「厳しい試合になるのはわかっている。相手はナンバーワンの選手。彼(ジョコビッチ)は、今大会最強選手なので、最高のプレーをしなければならない」

 準々決勝の前に、こう語っていた錦織は、東京で酷暑の続く中、単複で6日連続の試合となり、体力的に厳しい部分はあるものの、今持てるすべての力をジョコビッチにぶつけた。

 今回のオリンピックでは、錦織のグランドストロークが好調で、トップ10時代を彷彿とさせた。ジョコビッチとも良いラリー戦が見られ、伸びのあるストロークでジョコビッチを追い詰める場面はあった。だが、ことごとくジョコビッチ特有のコートカバーリングが広い驚異的な守備でかわされ、さらに鋭いショットが返って来て、逆に錦織は追い詰められた。

 錦織は、ジョコビッチに対して、第2セット第1ゲーム30-40として、唯一ブレークポイントを握った場面があったが、ブレークできなかった。

 また、第1セットも第2セットも共に第2ゲームで、錦織が早々とサービスブレークを許してしまい、ジョコビッチが優位にゲームを進める要因となった。

 2人のサーブの出来も明暗を分けた。ジョコビッチのファーストサーブでのポイント獲得率は85%(17/20)、セカンドサーブでのポイント獲得率は77%(14/18)。一方、錦織のファーストサーブでのポイント獲得率は56%(14/25)、セカンドサーブでのポイント獲得率は28%(6/21)で、錦織はサーブからほとんど主導権を握れなかった。

 今後、錦織は、トップ10復帰を目指すにあたって、対トップ選手に対するセカンドサーブからのポイントの作り方を、マックス・ミルニーコーチと取り組んでいかなければならない。

東京2020オリンピックで躍動した錦織
東京2020オリンピックで躍動した錦織写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

 母国日本で開催されたオリンピックは、錦織にとって収穫も大きかったのではないか。

 1回戦では、第5シードのアンドレイ・ルブレフ(7位、ロシア)を6-3、6-4で破ってみせた。錦織のトップ10選手からの勝利は、2018年ATPファイナルズで、ロジャー・フェデラー(当時3位)に勝利して以来、約2年8カ月ぶりとなった。

「いいプレーが最初から出せた。久しぶりにこんないい試合ができたというぐらい、自分でも驚いているところはある。びっくりはありましたけど、自分の打つプレー、積極的なプレーを心がけた。相手もかなり打つ選手なので、ちょっとディフェンスを交ぜ、うまくいろんなショットを交ぜながらプレーできたかなと思います。全部良かったですね。サーブも。サーブはフリーポイントもあり、積極的に打てたので、そこからの流れが、ストロークにもいい流れができて、臆することなく打てた」

マクラクランと組んだ男子ダブルスでもベスト8に進出した錦織
マクラクランと組んだ男子ダブルスでもベスト8に進出した錦織写真:ロイター/アフロ

 また、「シングルスとダブルスを戦うのは簡単ではなかった」と語ったものの、錦織は、マクラクラン勉(ATPダブルスランキング38位、以下ダブルスランキングはDを付ける)と組んだ男子ダブルスにも出場してベスト8に進出した。

 特に、2回戦では、第7シードでイギリスペアのジェイミー・マリー(D22位)/ニール・スクプスキ(D16位)を6-3、6-4で破る、シードダウンを演じた。

 イギリスペアは、2人ともグランドスラムタイトルを保持しているダブルス強者だったが、ツアー屈指のショットメイカーである錦織の力が発揮され、さらにマクラクランとのコンビネーションも良く、日本男子選手ペアとしては、1920年アントワープオリンピック(ベルギー)で、銀メダルを獲得した熊谷一弥/柏尾誠一郎以来、実に101年ぶりのベスト8となった。

 東京オリンピック中に、錦織が、さまざまな競技のアスリートたちから刺激をもらったのは、今大会中だけでなく、今後の彼のキャリアにも良い影響へとつながっていくのではないだろうか。

「とても刺激になっている。毎日試合を見ている。ソフトボール、卓球、競泳も見たが、みんなとても良くやっていた。そのことが刺激になっているのは間違いない。それこそ、オリンピックに出場する良い点だ。大勢のアスリートたちが頑張っている姿を見ることができるし、競技は違ってもいろいろな感情が湧いてくる」

 ただ、ベスト8に入りながらランキングポイントが入らないのは、錦織にとっては少し気の毒だと言っておきたい。ATPランキングを69位へ落としている錦織にとっては、少しでも上げておきたいのは正直あるはずだ。

錦織得意のフォアハンドストロークは、東京オリンピックでは好調でボールが走っていた
錦織得意のフォアハンドストロークは、東京オリンピックでは好調でボールが走っていた写真:YUTAKA/アフロスポーツ

 今回錦織にとって、母国日本で開催される特別なオリンピックであり、最初で最後の貴重な経験となったのは間違いない。

「今日(ジョコビッチ戦)の負けはこたえますけど、それでも良い1週間だったと思います。ここまでの感覚が戻って来たのはすごく久しぶりだった。負けはしましたけど、いい試合はいくつかできたので、かなり収穫は大きいと思います。収穫もあったオリンピックだったので、これを機に大きなステップを踏みたい」

 錦織は、シングルスもダブルスも準々決勝で第1シードに負けて、東京2020オリンピックを終えた。もちろん悔しさはあるだろうが、何も下を向く要素はない。

 8月からの北米ハードコートシーズンに向けて備え、8月末にニューヨークで開催されるUSオープンに照準を定めていってほしいが、もし錦織が、東京で見せたテニスを続けられるのであれば、大きな結果を残せる時が再び訪れるはずだ。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

ITWA国際テニスライター協会メンバー、フォトジャーナリスト

1969年2月15日生まれ。東京都出身。明治大学商学部卒業。キヤノン販売(現キヤノンMJ)勤務後、テニス専門誌記者を経てフリーランスに。グランドスラムをはじめ、数々のテニス国際大会を取材。錦織圭や伊達公子や松岡修造ら、多数のテニス選手へのインタビュー取材をした。切れ味鋭い記事を執筆すると同時に、写真も撮影する。ラジオでは、スポーツコメンテーターも務める。ITWA国際テニスライター協会メンバー、国際テニスの殿堂の審査員。著書、「錦織圭 15-0」(実業之日本社)や「STEP~森田あゆみ、トップへの階段~」(出版芸術社)。盛田正明氏との共著、「人の力を活かすリーダーシップ」(ワン・パブリッシング)

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